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エコセンで講演しました

日本エコツーリズムセンター(通称エコセン)の招きで、シンポの基調講演をさせていただいて来ました。満員御礼の会場には、懐かしい面々のお顔があちこちに。ほとんど同窓会のようなノリで、歓声を上げるハイな私が居りました。東京を離れて岩手に漂着13年目だから当たり前ですね。
森風の話にずいぶん興味を抱いてくれた若者たちがいてくれたのが一番の収穫でした。地平線会議の江本さんからはとても強い刺激を受けました。好きだからやってるのよモード全開で、自由闊達なご活動は、そうなんだよなあとうなづくばかり。恐れ多いですが、森風もまったくおんなじ路線ですから。
社会勉強を兼ねて同行した娘は、もうすっかり江本さんファンになってしまったみたいです。フリーライターの鹿熊さん、農工大の福井さんとの楽屋話も花が咲きました。みんな共通していたのは、そこにあるものを活かす工夫を見ていることだったと思います。吉本さんは水俣でくしゃみをしていたんじゃないかなー。
私を東京に引き出してくれたエコセンのボス、広瀬さんには感謝です。

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まぼろしの原稿

☆実は連載しているエッセイのために書いたまぼろし原稿です。今回は子どもの森のことをお伝えしたいと思います。

おしごとと人生

自分のやりたいことって何なんだろう。自分には特別な才能はないし、将来どうなるんだろう。こんな漠とした不安や悩みを抱えている子どもは今もいるはずだ。私自身、十代の多感な時期、そういう焦りにも似た気持ちに浮足立っていたことを憶えている。

「いわて子ども特派員」(6年前から始めた子どもの森の事業)に全県から応募してきてくれた三十数名の小中学生たちと、今年も2回のミーティングを行った。今回のテーマは、おしごとと人生。単におしごとのお勉強をしましょうという堅苦しいものではなく、自分の大好きなことをおしごとにしていいんだというように、おしごとを肯定的なものとして捉えてもらうための機会として設定したものだ。
 ひとは何のために働くのか。この難解な問いに対して、私も含めておとなはどう受けて立つのか。そんな切実で緊張したテーマを子どももおとなも自分のものとして直接対峙して語り合い、自分に向き合うことをやりたかったのだ。

 第1回目のミーティングでは、奥中山地区で働くおとなのひとを、グループに別れて徹底的に突撃インタビューした。事前に質問項目を決めておいてそのまま読み上げるようなことはしない。その場で、そのひとの人生の経緯を聴きながら、おしごととの出会い、苦しみを抜けた中から湧き上がる喜びを聴き取る作業をした。少年時代にいじめを受けていたけれど、腕一本で美容士コンテスト全国一にまで上り詰めた方の話や、障害を持つ人々が働けるパン工場をこの地にゼロから作り上げた方、周囲の反対を押し切ってコミュニティカフェを始めた方など、実に様々な人生の変転があるのだということを体感したと思う。話に詰まると、話題を変えて、結婚を決めたのはどちらからだったんですか、その時の決めセリフは?と、敬意を払いながらも次々出てくる質問に、受け手のおとなも真剣に応えてくれていたのが私は傍で聞いていてうれしかった。
 圧感だったのはここから30分のラジオ番組が生まれるまでの過程だ。二人の方のおしごと人生のエッセンスを捉えて、対話編というスタイルであたかもここで語り合うかのようなストーリー番組をくみ上げたグループがあったり、それぞれの子どもの内に自由に創造する力があることに気付かされた。本番の放送を終えて、晴れ晴れとした表情を見せる子どもたちの前で、私は不覚にも言葉が震えて涙が溢れ出してしまった。おとなの人生の重さ、真剣さに、どこか何かが感応しているのだろうか。そういうアンテナを子どもたちが持っているんだということをあらためて教えられたような気がする。先日開催した第2回の集まりでも、それぞれの特派員の子どもたちは身の回りのおとなのおしごとを自分ひとりで聴き取りをびっしりとメモに書いて持ってきた。
 そして最後のセッションでのこと。私はどうしても言っておきたいことを話した。それは、それぞれの子どものいま大好きなことがしごとになればいいなあということだ。でも、さらに言えば、好きなことをやるということと、好きなことをしごとにすることとは違うということについても。好きなことだけなら趣味でいい。「しごとにする」っていうことは、相手がいて、相手に利益(価値とあえて言いたい)を与えること。相手に認めさせてなんぼの世界だっていうこと。だから、コミュニケーションなしに、しごとはできないと話した。
 もうひとつは、才能のこと。自分は才能がないんじゃないかと思っている子、いるよね。でも、才能って、絵がうまいとか、スポーツができるとか、具体的なものだけとは限らないからな。先生だって、親だって、時々見誤るんだ。おんちゃんは社会で働いてきて、努力することができるひとや、場の空気を一瞬で読めるひとや、(ずるいくらい)要領がいいひとも見てきたんだ。そのひとの性格や気質もまた、才能のひとつなんだよ。確かそのようなことを言った。これは今の私の実感だ。そんなこと、子どもの頃には思いもしなかった。だから、言っておきたいと思った。ちょっぴりでもいい。そんなに得意ではないけれど絵が好き。漫画読んでるのが楽しい。そんな自分のできることを見つけて大切にしてほしい。小さなことを集めていくことが、きっと大きな大河のような大好きにつながると私は思うのだ。子どもに語ったことは、子どもの頃の私に語っている言葉でもある。

「悩む才能」と作家の高橋和己は語っている。だから君が思い悩むことも才能のひとつだと僕は思うという言葉を葉書に書いて送ってくれた友達が昔、いた。その時、どれだけ私の凝り固まった心をほぐしてくれたかわらない。だから私も、子どもたちに自分の体験の中から出てきた言葉を届けたいと思う。これは教科書では絶対に教われないことだと思うからだ。

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Author:吉成信夫
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