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竹内さんのこと

竹内敏晴さんが亡くなったことを昔の知り合いからのメールで初めて知った。84歳。最後まで現場でワークショップを続けていたらしい。竹内さんは、戦後、劇演出家として新劇、前衛劇の最前線で活躍した方であり、70年代以降は心とからだの解放を実践的に説き続けたひと。からだの文法がわかっていたひとだ。「ことばが劈かれるとき」(思想の科学社)は今も名著だと思う。

70年代、私は彼の主宰する演劇研究所に在籍していたことがある(私にとって唯一、本当のがっこうと呼べるのはこの研究所だけだ)。
劇を通じてからだに向き合うことは地獄の釜の蓋をあけるようなものだ、といった言葉を一番初めの彼の講義で聴いたことをよく憶えている。私はまだその頃、何も知らない大学生だった。この頃、無意識の底深く、からだに刻んだ記憶は、意外なほど私の奥深いところまで達していて、今も忘れることができない。身体知、とでも言えばよいのだろうか。

演劇とは遠い昔に別れたはずの私が、いま、ここ岩手で、子どもたちの心とからだを解放するための、方法としての遊びとまなびに関わろうとしている。その原点には、間違いなく竹内さんの存在が色濃くある。不真面目な一生徒に過ぎなかった私が言うのもおかしいけれど、心の中で勝手に私は今も不肖の弟子なのだと思っている。凡庸な自分の力では恐れ多いけれど、私は私なりに彼の大切にしていたことを次の世代へつなぎたい。
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劇演出家平田大一氏のこと

 竹内敏晴さん逝去の報に自分としては珍しくショックを受けている。まだ自分の中でじわーっと何か言葉では伝えられないものが蠢いている感じです。自分の限界を感じるなあ。ブログじゃあ無理だ。では、今回は明るい話題をひとつ。

 琉球史劇、現代版組踊「肝高の阿麻和利」のことを知っている方はいるだろうか。
 沖縄で活躍されている劇演出家(南方詩人)平田大一氏の講演を聞いたのは、2年前、沖縄の児童館全国大会の開会式で、だ。まだ30代。伸び盛りの彼の人生を熱く語る話は抱腹絶倒だった。笑いながら泣いてしまう。少々身をもてあまし気味のやんちゃな中高生たちと彼がどのように出会って、この10年走ってきたか。彼をそこまで駆り立てるものの根っこにあるのは、一対一の関係性へのこだわり。私はそこから始める彼の方法論というか生きるスタイルが好きだ。中高生に演劇をいっしょにやろうと行政が企画したって集まるわけがなかった。自らバスの運転手をかってでて、集めて回り、食べ物付き、お楽しみゲーム付きで、劇練習はほんのちょっぴり。でも集まりの最後に、ショータイムで自分がパフォーマンス(やむにやまれぬ状況で必死に考え、必死にもがいて…)。10人に満たなかった子どもたちが半年後には百人を突破。おとなも含めて大きな渦が生まれていく。物語の誕生だ。
 この混沌としたカオスからの始まりの話は何度聞いても本当に共感する。涙がこぼれてしまう。これは必至に支えようという状況に追い込まれた人にしかわからないことなのだと思う。岩手にやって来て東山町で宮澤賢治のミュージアムづくりに取り組んでいた頃のことを思い出した。

 沖縄まで見に行く時間がなくて、それから2年間、スケジュールとにらめっこしていたら、何とこの8月に盛岡で上演するという。何と!いうめぐりあわせ。万難を排して、最終公演に(森風スタッフの先頭に近い席取りのおかげで最高の場所を確保できた)。
 那覇、盛岡での平田氏の講演でも映像を断片的に見ていたのだが、そんなものは遥かに越える講演でした。中高生100名あまり、父母を入れると総勢どれ位だったのだろう。予定調和ではない、観客総立ちのカーテンコールが嵐のように鳴りやまない。手が痛いけれどやめたくない。恥ずかしがりで感情表現を抑制しがちな盛岡市民ととても思えない、温かい拍手が続く。途中で、舞台上の中高生がそれに応えて手を振っている。舞台と観客がともに支える幸せな瞬間だった。どこも予定調和した拍手、アンコールばかりのコンサートや劇に慣れきった私の身体を、清冽な何かが駆け抜けたような気がした。あれから2か月経っても、まだそう思える。そんな体験に出会えてうれしいなあ。
 うまいへたのテクニックなどではなくて、ひとが自分と向き合い、ただ、ただ、からだで感じたままに動き、語る。その純粋さが波のように響きあう。劇を生業とするプロの役者や表現を飯の種にするひとは、果たしてこの舞台をどう感じたのだろう。

 その日は盛岡のホテルに泊って、朝、レストランに行ったら、何と後ろの席で、平田氏がひとりでご飯を食べていたのだ。これは奇遇と、思わず話しかけてしまった。
 子どもに関わるところにいて、彼が10年間続けていることの確かさを思うと、ちょっと悔しい。いい仕事をしているなあ。日本全国見渡してもいないと思う。私も負けずにがんばろうっと。児童館の全国大会が、沖縄の後を受けて、来月、ここ岩手で開催されるのだ。
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