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ボランティアのみなさん、ありがとう

4月30日からなんか気ぜわしい日々が続いていて、ちょっと放心している。
今週日曜日に掲載される岩手日報の原稿を終えた(震災のこと書いてます)ので、これから順に報告していこう。まず今日はキャラバン速報(でもないか)。

GWは、子どもアニメキャラバンで1日は陸前高田市の米凬保育園で、2日は釜石市の釜石保育園、3日は野田村の児童クラブで3回の公演を見届けてきた。
森風子ども災害支援基金の活動としてキンダーフィルムさんに参加したものだったのだが、ボランティアも各地で様々に関わっていただき、楽しい交流ができた。子どもの森の特派員の高校3年生が参加してくれたり、釜石のボランティア小さな風のみなさんが会場整理をやってくれたり、宮古市から折り紙&手回し発電わたあめのおっちゃんとして活躍してくれた方、そして野田村でもやはり親子でボランティア志願で盛岡から駆けつけてくれた方がいたり、で本当にうまく必要なときに必要な方がちゃんと居るという予定調和になったのが不思議だった。ちゃんとうまく行くもんだ。

どの開場でも大入り満員で、子どもや親御さんでごったがえし状態になってうれしい悲鳴。たけちゃんの用意した手回し発電わたあめも上演前も後も大人気で、子どもたちがわたあめをほおばる姿がかわいかったなあ。
(釜石は強風でできなかったのが唯一の心残り…でした)
太陽光パネルも上映用の電気をいっぱいかせいでくれたし。

でも、一番うれしかったのは、会場を提供してくれた保育園、児童クラブ、社協・役場のみなさんとのきずなが生まれたことです。立ち去りがたくて、なかなかおいとまできず、みんなで記念写真を撮ったり話をしたり、そんなムードがゆったりと流れていたことが忘れられない。

3日間の模様は別途写真入りで詳しく紹介しますので、しばしお待ちを。
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放射性物質の話

森風のワークショップにGWに泊まりがけで来ていたお母さんたちから、原発と放射性物質についての講演会に誘われた。チラシに書かれた講師の大沼ご夫妻は、な、な、なんと私の従兄弟ではないか。子どもの頃、遊んでもらった。しかももう数十年会ってない。以前お目にかかったのは私が10代最後の頃か。さらに、私が四日市公害の現場を高校1年生の時ルポしに行ったとき、多大なお世話になった方々だ。私と違って筋金入りの住民運動家(今はこう言わないだろうけど)。私が環境問題に関わるきっかけはご夫妻と会ったことが原点となっている。これはもう何としても行かなくちゃと盛岡へ。
会場には若いママさんたちが集まっていた。言い出しっぺの高橋さんはすごい行動力。県内4箇所縦断講演会を電光石火で決められるのは、NPOじゃあなかった。今一番必要な子どもと家族の安全、未来を考えているのはこういう人々であった。なんでこういう企画をできなかったのか、とNPOをやっている自分でもくやしいがありがたいと思う。

お話は予定を過ぎても続行、3時間があっという間だった。
マスコミの報道よりも原子炉事故後の状況ははるかに悪いようだ。
お話しを伺っていて福島県の小学校に文科省が出した校庭利用の放射線量の累積基準20ミリシーベルトは、今後歴史的に大きな批判を呼ぶことになるだろうと思った。最悪。これほど酷いとは思わなかった!
文科省は子どもの味方ではないのか。誰がこれを決めたのか、発言を忘れないしつこさを持とう。

大沼さんの奥様が放射線の専門家とはこれまで知らなかったが、放射性物質の観測ポイントを自前で持つネットワークがここ岩手でも必要だ。毎日観測しているのが盛岡だけではあまりにきびしい。

森のようちえんから、カフェ森風、そして原発とめぐるひとからひとへの問題・課題認識への直感的な危機感のリレーこそが、今求められているものなのかもしれない。
マスコミも行政もすくい取れない、あやうさの感覚。ここから始めるしかない。市民サイドに立つ科学者とつながって見知をまなばせてもらわなければなあと思う。
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ETV特集「放射能汚染地図」

15日夜のNHK教育放送を見た人も多いだろう。科学者たちの放射能汚染調査に同行し淡々とその活動をひたすら追いかける番組づくりにこれまでになく画面に釘付けになった。何よりも科学者たちの今やらなければというひたむきさが言葉というより行動に滲んでいる。NHK、やるじゃないか。
原発近くの汚染地域から遠く避難した避難所が、実はさらに汚染濃度の高いホットスポットだったことを国や県にも自治体からも何も知らされずにいたことを初めて知る場面や、計測しながら道路を走る途中の山道にすでに文科省のモニタリングポストが点在している場面(汚染されている場所を知っていた)など、唖然とする箇所が幾度もあった。
ただじっと福島原発に生活を翻弄された人々のつぶやきを拾おうとした中で、怒りや感情を直接激発させることをしにくい東北のひとの抑えた苦しさをよく伝えていたと思った。テレビのワイド番組では絶対にすくい取れない、原発事故にこれまで築いてきた生活のすべてを根こそぎ潰されたやり場のない憤懣が静かに捉えられていた。これは原子力戦争、なのかもしれないという気がする。それもまだ始まったばかりの。

さらに圧巻だったのが小学校校庭の20ミリシーベルト問題。東京での申し入れの会議で明らかになった文科省担当者と原子力安全委員会の担当者の意見の相違を騒然とした会場の中でカメラは捉えている。それでは校庭の汚染された土を持って来ていいですねと語る母親と子どもの心やからだを守ろうとしない機械のような冷たい発言の断絶はあまりに深くて交わることがない。これがこの国の不幸をあらわしている。多くのひとの脳裏に刻んでおくべきだ。佐高信ではないけれど、誰が言ったことなのかはこれからずっと記憶しておかなければと改めて思った。再放送されると思うので、見逃したひとは必ず見てほしいテレビ番組である。

そんなテレビの余韻も去らない翌朝、県南部の信頼している友人から早朝に電話が入ってきた。一関市などで自主的に放射線測定をしたところ、値が思いのほか悪いというのである。学校の体育館の雨樋の下とか、年間に換算すると規定値を大きく超える放射性物質の汚染濃度が測定されたという。県内の各教育委員会に至急調査をしてもらえるように要望することに動くというので私もデータを見せて欲しいと頼んだ。
盛岡だけでなく、測定箇所を県内各地に増やして毎日情報を常に公開してもらいたいと思う。
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中学生に言い忘れたこと

久しぶりの中学校からの講演依頼があり先日講演してきた。
3年生が対象ということで、自分が中学生だった頃のことを思い出しながら話をした。どこまで私の話が多感な中学生に通ったかは皆目分からない。いつもうーんという感じ。彼らの感想文が来るまでは判断停止しておこう。
算数が死ぬほど嫌いだったこと。追いかけてくるよりも早く逃げ続けようと思ったこと。自分のリスクは自分で取ると思えば、勉強も給食もまんべんなく、嫌いなことも好きになるようにチャレンジせよというおとなからの風圧をよける選択もありだぜ、なんてことも言ったような気がする。
県内でも超勉強してきた子どもたちが集まっているこの学校の子たちは、どう私からのボールを受け取ったのだろうか。何言ってるのこのおっさんは、でもいい、本当の胸の内を聴かせてほしいと思う。

ひとつ言い忘れたことがあった。まだ自分が駆け出しの丁稚修行をしていた頃、仕事の上で多大な影響を受けたPR業界の神様(と私は今も思っている)に言われたことが忘れられない。彼の仕事の流儀についてだ。
絶対に受けない仕事がふたつあるのだという。ひとつは煙草会社のもの(私はかつて愛煙家だったし、これは賛否両論いろいろ考え方はあると思うが)、もうひとつは原子力関連のもの。どうがんばっても社会的に存在が許されないもののPRはやってはいけない、と。自分なりの職業倫理と哲学を持って社会を渡っていけ!と若かった私は励まされていたのだと思う。
自分が励まされたように中学生たちを励ましたかったと思うのである。
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6月11日、森風アトミックカフェやります!

森風で私が今、そしてこれからしなければならないことの準備を進めている。ひとつは原発事故による放射能の子どもたちへの影響を、乳幼児を育てている親御さんたちといっしょに連続して考えていく場を作りたいと思っている。
テレビや新聞の情報だけでなく必要な情報を集めてみる。本当に大丈夫なのかを専門家に直接聞いてみる。何も分からないし、誰も教えてくれないからと嘆くよりも、自分たちで断片的な情報でも集めてみるところから始めるしかない。実際に放射線量を計測する方法も知りたい。子どもたちのために身の回りでもやらなければならない気がする。

どうせなら、森風流に楽しくやりたい。学習とか勉強会という固いスタイルではなく、珈琲を飲みながら、楽な気落ちで(気楽なテーマではないけど)「アトミックカフェ」してみませんかという感じだ。
3.11を経て私たちの状況がまるで変わってしまった以上、ポスト原子力時代の想像力の有り様を考えていきたいと思う。アートやダンス、詩や小説、映像など表現とクロスさせながらのカフェにしたい。鉄腕アトム世代の私はこれまでの原子力の歴史も振り返りたい。六カ所村に遠足バスツアーにも行きたいなあ。おにぎりをほおばりながら、脳天気だけどしっかりと見ておかなきゃと思う。

第一回目を、6月11日(土)夜6時から開催することに決めた。講師に永田文夫さん(三陸の海を放射能から守る岩手の会)をお招きして、原発事故と放射能の影響についてわかりやすく解説していただく。永田さんは事故後も実際県内の放射能汚染状況を測定している方でもあるので、様々なお話が聞けると思う。
場所は、閉店後のカフェ森風。誰でも参加できる自由な参加の場なので、子育て真っ最中のお母さんお父さん、これから家族を持とうという若いひとにはぜひ来てほしい。珈琲&資料代で500円程度。エコキャビンに終了後宿泊できるようにするつもりだ。後日、ブログに詳細をアップする。まずは予定に入れてね。
と言いながら、日もないのでチラシになる前の一応の詳細書いておきます。予約も受け付けます!

森風アトミックカフェ その1
「福島原発事故とその影響ー放射能から子どもたちを守るためにー」
講師:永田文夫さん(三陸の海を放射能から守る岩手の会)
場所:カフェ森風
主催:森と風のがっこう
珈琲&資料代 500円

※席数に限りがあるため予約を受付けます。メールかFAXで以下までお申し込みください。
森と風のがっこう morikaze0@gmail.com
         fax 0195-66-0646
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えほんの森、今年もスタート

今年初のおんちゃんとえほんの森であそぼう!シリーズは、「やまもりドーナツをつくっちゃえの巻」。
私の大好きなバムケロの絵本に出てくる、雨の日曜日のお話にドーナツづくりが出てきます。初めて参加した男の子もお母さんも楽しんでくれたみたい。

朝、白墨で書いておいた、雨の森もいいもんだよ♪のおんちゃんお手製看板を入り口に掲げた。
みんなどうしてあんなにブランコが好きなんだろう。ジェットコースターって私が言いながら、ブランコを上にじわじわと上げて行き、ダーンと一気に滑り出すともうぎゃあーっと大歓声。何回やったんだろ。

雨の道でやったグリコじゃんけんも楽しかったね。たんぽぽで笛を吹いたり、お相撲を取ってみたり。
何だかそこいらにあるもので遊んでいるうちにあっという間に時間が過ぎて…。

ドーナツは甘くて美味しいなあ。星形やハート型、いろんなドーナツをひねり出して油に浮かべたね。すると、じゃーん!ふっくらドーナツに大変身。

というわけで、のんびり、ゆっくり、今年のえほんの森も始まりました。
ああー楽しかった。

親ごさんも私も、原発も震災も、何もかも忘れた時間だったんじゃないかな。
私も久しぶりに心の中に沈殿していたものが晴れたような気がする。
じゃあ、みんな、また来月遊ぼうね。

追記:
翌日は、親子DEソーセージ作りのワークショップ。ソーセージが燻製されるまで子どもたちが暇そうだったのでちょこっと遊んだら運の尽きで、みんな集まってきてたんぽぽ相撲やぶらんこがここでも繰り広げられた。
おんちゃん、遊ぼうよーとニコッと誘われるとついついからだが動いてしまう。
しかし、3才の子がなんでおんちゃんって、なんかヘーンって言うんだろ。私にはよくわからない。でもこの子たちは初めて会ったけどダチだという気がする。
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吉成信夫

Author:吉成信夫
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