スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

福島のタウン誌さん来たる

 先日、福島のタウン誌「dip」の編集長さんが5時間かけて森と風のがっこうに取材に来た。ファッションやレストラン情報を扱う女性誌でも原発事故は避けて通れず、価値判断はしないけれど、放射能のこと、からだの養生法のことなどを事故後相次いで特集してきたとのこと。でも、その先の福島の未来をどう考えるのか。どこに希望はあるのか。そんなことを思って探している内に森と風のがっこうにたどり着いたらしい。エネルギーシフトを、生活を通して楽しみながらひとつひとつ自らがこうしたいということを実現してきた10年を、ここで見て触れて実感してもらった。これからの道しるべがここに流れる時間や私の言葉の中にあるような気がするという彼女の言葉を聞いて、私も恐縮しながらもうれしくなった。
苦しくても辛くても、問題と対峙し続けることの中にしか、未来や希望は立ち現れない。今、日本の中で唯一未来や希望が生まれる可能性があるのは最も深い闇の中にある福島なのかもしれないと思った。私も福島の子どもたちとつながる道を探していこう。

※dip39号は「上手に使う、デンキとデジタル」特集。今回取材いただいた森と風のがっこうもかわいらしく紹介されています。福島在住の方、ぜひ一読下さい。
スポンサーサイト
関連記事

森風えほんフェスティバル、準備中です

昨年から、えほんの森でおんちゃんときょうもあそぼうシリーズを毎月やっているうちに、どんどんえほんとともに森へ、森へとはまり込んできた。
理由は至極明快。だってやってる本人が面白いから、だ。
そうこうしているうちに、今度は、森を育み、森に育まれる、「子育てと循環の森づくり」も始まった。
そして、今月23日(祝)には、「森風えほんフェスティバル」をやっちゃうぞ!と進んでいる。
ゲストも、ほぼ固まってきた。まず、北上在住の絵本作家やえがしなおこさん。彼女の童話は宮沢賢治のような不思議な静けさがあって、私はとても好きだ。そしてジュンク堂盛岡の岩橋店長さん。盛岡にかつてあった絵本専門店モモと言えばお分かりの方も多いだろう。このお二人と私のえほんトークはどうなるんだろう。どんなトークが飛び出すか楽しみだ。
「みんなでえらぼう!お気に入りえほん」を校庭にずいーっと平たく並べて、参加者全員でえほんコンテストもやっちゃおう。子どもたちにも選んでほしいな。
それから、NHKいわてみんなの歌でおなじみの、大根コンプロジェクトの吉野正子さんと古川大さん。男性読み聞かせグループおどっつあんSのこむろこうじさん。ユニセフで緊急支援に動いていた小松真理子さん。えほんを通して被災地の子どもたちとつながる活動を続ける方々と、これからの支援についてのトークもやっちゃおう。
それからそれから、えほんカフェも開店!えほんに出てくるお菓子が食べられたらいいな。
私の妄想は果てしなく広がるばかりで、スタッフたちからお願いだから抑えて抑えてと心配されている。

もうあとちょっとで、さいとうゆきこデザインのかわいいチラシが出来上がるので、待っててください。
おとなも子どももみんなおいで。
お菓子とえほんと音楽の一日を過ごそうね。
関連記事

夏の終わり

昨朝、このの夏の間中ずっと入れ替わり、ボランティアの学生たちが出入りした。研修で、ゼミで、自分で探して、様々な経路で若者たちがこの山の中にたどり着いてくれた。その最後の一人を見送ったところだ。
がっこうの前の栗の木は、まだ青い栗のいがいがの実を道路に落としはじめた。近所の徳重さんが取れたてのまつたけをかご一杯にして持ってきてくれたので、松茸のお吸い物と茶碗蒸しにしていただいた。もう、上外川は秋なのだ。

日曜日の岩手日報いわての風欄に、「森とつながる暮らしへ」というタイトルで原稿を書いた。自然観を取り戻そうという副題を新聞社が付けてくれた。前回と同様、写真に写った私の顔は、あの「おんちゃんとえほんの森で今日も遊ぼう」の時のものなので、巻きひげををペイントで描いたダリ風の面相である。
震災から6ヶ月という節目の日に(それに知事、県議の選挙投票日)、100年先、200年先の未来へ発想を飛ばしてみようとあえて書いた。
この夏のほとんどの時間を、私は子どもたちと森で過ごした。宮沢賢治の童話「狼森と笊森、盗森」のあの有名な場面。「ここへ畑起こしてもいいかあ」「いいぞお」森はいっせいにこたえました…。この夏、この台詞を何度子どもたちと森の中で叫んだことだろうか。
そこであったことを淡々と書いただけなのだが。おずおずと森に入り、少しだけ畑を開墾させていただくという感覚を持っていたはずなのに。こうした自然観を失ったことが、日本人を横暴に、利己的にしてはいまいか。こうした慢心が原発事故につながったのではないか、とも。
もう秋に入ったというのに子どもたちの張りのある声が、まだ森の中に漂っている気がする。

そうそう、100%エネルギー自給のエコハウス(エコキャビン)の建物の前に看板が立ったのをご存じだろうか。2年前の夏に国士舘大学の研修で来た女の子が作ってくれたものだ。やっと、お目見えさせることができた。その名も「くるみハウス」。
なんでくるみなのかって?それは、実は、「来るべき未来」という意味をこの建物は秘めているからだ。私は勝手にそう思っている。これは私の言葉ではなくて、ミスターチルドレンの桜井さんが言っていたことの受け売りだけど。
なんか素敵なので、心の中ではそう思っている。
来るべき未来に向けて、私は目の前にあるものから目をそらさないで生きたい。
関連記事

えほんフェス準備、近況報告

昨夜はえいっと仕事を途中で放り投げ、平原綾香コンサート(盛岡)に出かけた。カンパニュラのあの圧倒的な情熱には胸が揺さぶられる。彼女の静けさの中にぴんと張り詰めた歌声は、北国こそが似つかわしい。

さてさてその後も森風えほんフェスは着々と準備が進んでいます。さいとうゆきこさん作のチラシが完成。HPにもアップ!
細田さんデザインの新作の帽子(素敵ですよ!)もカフェに展示販売してもらえることに。盛岡のおもちゃ屋さん「ベビーシャワー」も出店決定。先週、盛岡のてどらんごのイベントで出会った面々も当日はお手伝いに来ていただけそう。
えほんカフェの本立ても、美術家の小池さんが制作してくれているし、当日童話に出てくるランチメニューも準備中。子どもたちが大好きなえほんに登場するキャラクターだ。森の中で食べられるように特製サンドウイッチも。

100冊のえほんを展示してお気に入り投票を参加者全員にしてもらう企画は私がどうしてもやりたかったもの。えほんを選んだ理由をひとりひとりお伺いしてみたい。それとどう展示しようかもスタッフみんなで思案している。フツーに置くのも楽しくないし。ちょっと工夫してみたい。

えほんをよむ場所は裏の森の中。トーク会場もみんな森の中でやりたいと思う。昨日は木漏れ日がまばゆい、いい感じだった。ここに子どもたちもおとなもみんなで座ることを考えるだけでわくわくする。川の音もうるさいぐらいのBGMで効果満点の環境だ。
あとは晴れることを祈るだけ。
と言ってたら、スタッフのみんなに怒られそう。明日からWSや高校生受け入れが1週間続くのだった。その翌日はもうえほんフェスだ。
関連記事

千客万来

昨日の夕方、突然カフェ前で呼び止められた。なんとそこにはNさんがにこにこ居るではないか。私が東京にいた頃、朝日新聞の敏腕記者として戦争問題など社会部で活躍されていた方だ。17、18年ぶりだろうか。今春退職されたという。
くるみハウスに泊まっていただき、ゆっくりお話しすることが出来た。

そして今日、カフェに来てくれたのはHくんとご家族。その後私がどうしているか心配していたという。子どもの森が開館した頃からずっと何年も何年もワークショップに通ってきてくれた男の子だ。
65回通って今も記録更新中だなんて、誰も更新できないタイトルホルダーだねと言ったら、はにかみながら笑っていた。
私の著書「ハコモノは変えられる!」にも実は彼は文中に登場している。ようかいコンテストの子ども審査員として。

お母さんが初めて私が彼と出会ったときのエピソードを語ってくれた(6,7年、いや、もっと前かな)。私はワークショップを見に来て机に座ったらしい。それを見て彼は驚いたらしい。それは家で机に座ると腰がいたくなる(?)と言われて育ったから。終わった後も、館長さんはいったいいいひとなの?悪いひと?どっちなの?と職員に聞きたかったらしい。
そうか、混乱させてしまったんですね、と言いながら、何となくその時の場面を思い出した。私はいつもあえて子どもたちの混乱を増幅させることを生き甲斐にしているので、巻き込まれた子どもたちはどれだけいるかわからないだろうなあと思った。聞き分けの言いおとなになりたくない子どもみたいなおとななんだよなー、私は。先週も、オープンデーでどろぼう修行のがっこうやったし、私はわるいひとかもね、と舌を出したくなる。
みんなおおきくなったろうなあ。

先週カフェに来てくれた中学生の男の子は、以前私の講演を聴いてわざわざその感想を伝えに来てくれた。いつもなら講演会はすぐ眠るのに、ぜんぜん眠くなかったそうだ。でも、PTAの方々も先生もいる前では本音を語りきれなかったみたい。
吉成さんにはぼくは負けないと講演の後の質問タイムで言った彼は、ぜんぜんおとなにひるんでなんかいないし、しっかり私と向き合ってくれたのだ。
ふつうは中学生は思春期まっただ中だから照れくさくて、なかなかおとなに正面から向き合うことは難しいのだけれど。
だから、ここまで来てくれたなんて本当にうれしい。ありがとう。
関連記事

夜の群読会

台風のせいで昨夜は風雨強かるべしという感じ。でもよく寝ていたのでわからなかった。
4日前から森風で宿泊研修をしているむつみ高校(長野)と彩星学舎(埼玉)の中高生の生徒さんたちと先生たちが今日帰るので、昨夜、彼らの宮沢賢治詩の群読を聴かせてもらった。
昼間の稽古に私も参加させてもらい、久しぶりにお腹から声を振り絞るという経験をさせてもらった。どっどどどどうど どどうどどどう。初めは連呼する彼らによたよたと付いて行くのが精一杯。もうどきどきものだ。よし、いくぞとえぐるように打つべし!打つべし!と明日のジョーの気分で声を振り絞った瞬間、私の左前歯が前方に勢いよく飛んでいった。放物線を描いて。前歯も飛ぶような力と言えばかっこいいのだが、実際はぼろっと落ちたのだ。隣の先生が、わたし見てました、と目撃談。にかっと笑った私はほとんど歯抜けの漫才師だったらしい。(明日、講演があるのに!と急いで歯医者へ)

夜の群読会は、台風の影響で舞台装置も迫力満点だった。外では闇の中で本当にかぜはごうごう鳴っている。雨粒が屋根を叩く。小林先生の台本には、唯一、地震のことにふれたと言われている宮沢賢治の「宗教風の恋」をベースに、平家物語、チェルノブイリ事故後の言葉、そして生徒さんたちの震災体験が散りばめられている。
絶叫するように、それぞれに全身から声を振り絞って前へ、前へ、一点に注ぎ込む。本当に言葉をえぐり込むように、だ。感情を味わうのではなく、ただただえぐり込む。宮城の災害地を巡って、ここまで旅をしてきた彼らのリアルな心情とともに十代の若者たちの真剣さが波のように押し寄せて、聴いている私たちを揺さぶるいい群読会だった。

それから、群読を受けて、私も話をすることにした。ここでやっと生身の彼らと出会えた感じだ。私も話したいと思った。震災のこと、何もなかったかのように忘れ去られて行こうとされているフクシマのこと、わたしたちのこれからのことを。今を生きていることの切実さと、賢治の切実さがどこかで共振しているかのような不思議な時間。
私が思い出したのは、よだかの星。
決して過去のモノではなく、今、この時、どこかでいじめられている子どもの苦悩や悲嘆や叫びにも似た何かを、私は感じた。賢治は古くない。そこから森と風のがっこうは始まったことを思い出した。

また会えたらいいね。今度は森の中で群読をしてほしい。
関連記事
プロフィール

吉成信夫

Author:吉成信夫
ときどき日記です。

リンク
森風 Web Site
    森風ブログ
      最近のコメント
      最近のトラックバック
      月別アーカイブ
      カテゴリー
      FC2カウンター
      RSSフィード
      ブログ内検索
      QRコード
      QRコード
      上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。