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16年待った小田原への旅

新しい公共を模索する「小田原地産地消プロジェクト」がいよいよ始動。そのキックオフとなる集いに招かれた。私がお話しする講演会の前日、まだ下車したことのない小田原駅から海岸沿いに少し行くと、そこが片浦地区。みかん畑の間の急な坂を上りきったところが「お山のたいしょう」という素敵なお店。それぞれ籠に摘んだ椎茸を卓上炭火で焼いていただく。眼下には、碧い海原が広がり、みかんの木の間から遥かに三浦半島が見える。プロジェクトメンバーの方々と会食後、片浦中学校(廃校再利用によるプロジェクトの舞台となる)などを視察した。雪景色だった森風とは打って変わってここはまだ秋。ジャケットすら暑くて脱がずにはいられない。
そして夕方。今夜泊めていただく「はじめ塾」の宿泊施設へ。

はじめ塾の存在を知ったのは16年ほど前のこと。宇宙物理学者の佐治晴夫先生が行ってみるといいよと勧めてくれたところ。生活をともにする寄宿制の小規模塾だ。その後、気になりながらずっと行く時を待っていた。
はじめ塾の創始者故和田重正さんの日めくりカレンダーをなぜか別の方から教えてもらってずっと愛用してきた。どんなに辛い時も苦しい時も、不思議とこのカレンダーを毎日めくると元気が湧いた。その日の自分の感情と日めくりの言葉が不思議なほど呼応するのだ。どこかの説教くさい日めくりとはワケが違う。
だから16年間、私は一度も行ったこともないはじめ塾をずっと意識してきたと言えるかもしれない。
それがついに、訪ねて行ける日が来たのだ。私を呼んでくれた方々の中核に、はじめ塾の方々がいたから。重正さんの後を継いだ和田重宏さん(前塾長。子どもと生活文化協会顧問)とお目にかかることができた。山の上の合宿所市間寮に宿泊させていただき、泊まりに来ていた子どもたちやおとなのみなさんともいっしょにご飯をいただき、たくさんお話もした。
その話はかなり長くなりそうなのでまたの機会に。翌日の私の講演+ワールドカフェ(珈琲もクッキイも美味!)の模様も。
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小田原で考えたこと その2

はじめ塾の宿泊所は、うねうねと車がすれ違えない細い山道を上がった山の上にある。
古い民家に入ると、ちょうど夕げの支度に子どもたちもおとなもいっしょに勤しんでいるところだった。土間のたたきが広がる大きな空間に釜戸が3つ。つば釜からしゅうしゅうと湯気が立ち上る。もちろん薪の煙で燻されている。ボイラーの排気口を取り巻くまるでアート作品のような巨大な土のオブジェがひときわ存在感を放ってる。左官屋さんたちが心血を注いだものなのだろう。みんなで育てたものをみんなで料理する。ここはすべての活動の心臓部なのだということが一瞬のうちに了解され、圧倒する。

食べること、生活することをすべての核にして、読み書きそろばんをする塾と聞いていたが、その根っこに野口整体の考え方があることを感じた。
三歩目には走り出すからだを日々の生活の中で創りだす場。お掃除も皿洗いも、分担ではなく、それぞれに自分が探しだして動くのだ。
心とからだの集中と解放を頭でコントロールしようとするのではなくて、からだで感じて動き出すことを大事にする。からだ育ての場という言葉が私の中に浮かんだ。

夜の和田重宏さん(前塾長)のお話しを聞くセッションの中で、ゲストとして私に話を向けていただいた。中高生の若者たちの顔を見ているうちに、本当は森と風のがっこうのことを紹介する場面だったのだが咄嗟に私の口をついて出てきたのはそれ以前のこと。中学の弁論大会で中間・期末テスト廃止を叫んだところから、学校遍歴、しごとを探して転職を繰り返した七転八倒の自分史を話すことに変えていた。
みずみずしい彼らの顔を見ていたらそんな言葉が溢れてきたのだ。どうせ嘘は見抜かれてしまう。ならばまっすぐに話したい。明日は、じゃあ森と風のがっこうを開校するところから話すからね、今日はこのあたりでと話を結ばせてもらった。どう感じたのか、ひとりひとりにじっくり聞けなかったことが少し今も心残りだ。でもいいか。また会える気もするから。

はじめ塾、そしてスタッフの方々が研修に来ていた金沢のフリースクール、そして森と風のがっこう。どこも野口整体がその共通項にあることがわかって私はうれしかった。
からだ育てを、子どもたちの成育のすべての基礎にすることは大切なことだとあらためて思う。

和田さんとお話しをしていて一番心に残ったのは、ひとりとつながるところからしか何も生み出せないというところだ。一網打尽とか、拡大させてやろうとか、規模や目的に合わせた合理性ではなく、常に目の前のひとりとつながる確かさから物事を始めようとする価値観のようなものがここには流れているのかもしれない。私も10年前に森風を始めた頃、そう考えていた。多数はどうでもいいと思っていた。世界はひとりから変えるものであってほしいという私の願望も含まれているのだけれど。原点はここにあるとあらためて思わされた。
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白い森の聖なる夜に

12月25日から27日まで、森風を舞台に冬の子どもESDスクールを開催した。集まったのは、小4から中1までの子どもたち13名。
初めに私が子どもたちに言ったのは三点。森の近い生活をしてみようということ。やったものだけが得をするということ。本当のたべものとなるということ。何の事だか誰にもわからないかもしれないけど、呪文のように先にしゃべったのはこんなことだ。
外は一面の銀世界。校舎の内も寒気が厳しいので、ペレットストーブもフル稼働。五右衛門風呂も、ストーブも、薪で炊きつけるのは子どもたちの仕事だ。

2日目の夜はクリスマスパーティ。午後ずっとみんなで丁寧に燻製ボックスで燻煙にした豚肉のハムの塊を、ドイツでマイスターの資格を得てきた講師の峠館君がきれいに薄くスライスする瞬間、子どもたちの顔が至近距離で集まった。じゅわっとにじみ出る肉汁に歓声があがる。自分たちで苦労して燻したハムは本当に美味で、誰もしゃべらず黙々と味わう。内もも肉と外もも肉のかみごたえの違いをただただ味わう。みんな正直だ。

そして夜の森へ。
懐中電灯を持たずに、雪面のところどころにキャンドルの明かりがぼうっと暖かく灯る中を行く。昼間とはまったく異なる静寂な世界が広がる。川の対岸には、やはり幾つものキャンドルが並ぶ。その後ろに子どもたちのアイデアで森と風のがっこうの看板が配されている。
じゃあスイッチを入れよう。看板の背後の木に架けられた子どもたちの手作りのリースに飾られたランプが一斉に点灯した。
固まって立っている子どもたちに、みんな黙ってそれぞれ自分の好きなところに座ろうよと私が声をかけて水際に進み出て座ると、。おんちゃん、横に座ってもいい?と聞いて私の横にすっと動いてひとりの子が座った。するともうひとりが反対側へ。おずおずと他の子どもたちもつられて前へ。こういう自然に子どもたちのからだが動き出す瞬間が私は一番好きだ。自由でやさしい感じがするから。
両脇に座った男の子女の子と横になると、木々の間から星が幾つもまたたいているのが目に突然入ってきた。そのあまりの美しさにはっとして見とれた。私の両脇の子どもたちと手をつなぎながら仰ぎ見る星々のかすかな瞬きを見たとき、なぜかしあわせを感じた。本当に久しぶりにそう実感した。
そうだ、こんな感じがしあわせだったんだっけ。もうずっと忘れていた。

震災や原発事故があって、闇の深さばかりが広がっていく感じがしていたけれど、光の輝きもまた増しているのではないかということを思った。陰陽の世界観ではないけれど、光と闇は引き合いながらバランスしていることを信じたい。「本当に大切なことは森の中にある」これは最後に私が子どもたちに読んだ絵本の一節だ。世の中はどうあろうと辛く苦しいだけではない。光もまた満ち溢れることを祈ろう。
子どもたちにも、私たちおとなにもいい冬のスクールになったと思う。
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年の終わりに

一年前の大みそかの今日。信じがたいどか雪がこの町に降り積もったことを思い出す。五十数年ぶりの豪雪に、吹雪の中、紅白歌合戦も見ないで研修生のけんちゃんとカフェの屋根で深夜まで雪かきに追われたっけ。元旦は厳しい幕開けとなった。道路が閉鎖状態で集落も下界から孤立していたけれど、不思議と静かな日々が戻ったことを覚えている。
3.11のあともそうだった。電気が止まったけれど、平穏な日々が続いた。小さな住居であるものをいただく私の暮らしは、実は仮設で暮らす方々とそう変わるものでもないかもしれない(楽しみながら生活をレベルダウンさせるのが、ここ森風でやっていることだから)。

世の中は、いま荒れている。海の中は大荒れなのに表面は波立たないという、気持ちの良くない均衡が私たちをすっぽりと覆っている。放射能汚染は何もいい方向へ向かわずすぐ暮らしの隣にあるままだというのに。
5月に岩手日報に寄稿した文中で触れたように、今はただ被災地のみなさんといっしょに震える魂を鎮めることしかできそうにない。私の中のこどももまた震えている。
でも、沿岸の子どもたちや、森と風のがっこうに今年参加してきてくれた子どもたちのおかげで、震える魂をみんなでつながりながら鎮めることに動き出すことができたことに深く感謝したい。
今回の冬のスクールで、森に寝転んで見上げた夜空と子どもたちとつないだ手のぬくもりを忘れることができない。まだ温かさが手の中に残っているかのようだ。このリアルなしあわせを来年もまた縁をいただいた子どもたちやおとなたちにいっぱい分けてあげたいと思う。そう言葉にすると少しえらそうだけど。本当にそう思う。

森と風のがっこうのニューズレターを今年も会員のみなさん向けに賀状代わりに発送したので、年明けには着くはずだ、私の巻頭言は、エネルギーと食の地産地消を進めようという題にした。

みなさま、よいお年をお迎えください。
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