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研修生、卒業

この一年間、森風を陰に日に支えてくれた研修生兼看板娘のあやちゃん、ケーコちゃんが無事卒業して旅立って行った。あやちゃんは主にカフェ&えほんの森担当として、ケーコちゃんはワークショップのアシスタントとして、明るく誠実なキャラクターで来客をもてなしてくれた。上外川の厳しい気候にもめげないで、よく頑張り通したものだと思う。

森風では年間研修生制度を取っていて、住み込みの形でここで一年働きながら学んでもらうことにしている。その間、私もできる限りの生きた情報を伝え、時にはいっしょに動き、これまで森風でやってきたことのノウハウやドウハウをゲットしてもらう。必要な講義も毎月の振り返りもする(大切なことは自分が得たこと、体験したことを言葉化すること)。
世の中でよくある講座やセミナーでは肝心なことは伝えられない。それなりの時間枠で、生活を共にする中でしか伝えられないことがあると私は思っている。だから一年という春夏秋冬の巡る時間にした。その代り、一年たったら延長はしないことに決めている。泣いても笑っても卒業だ。私も別れたくなくても、笑って見送る。

今月からひとりまた女の子が研修生で入ってくることになった。あとひとり枠がまだ空いている。誰かそのうち決まるだろうとのんびり思っている。これもご縁なのだから。
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賢治のほほえみ

賢治生誕百周年の年に私は家族と岩手に移住した。1996年のこと。その年、まだ東京に居た頃、NHKで短い賢治ドラマが4回連続で放映された。その時の鮮烈な印象が、16年の時を経てもまだ私の記憶の中にずっとある。もう二度と見ることはないだろうと思っていたのだが、NHKのアーカイブにあることが数年前にわかった。それをどうしても見たくて、スプリングスクールを終えた翌日、ひとり東京へ向かった。
検索して「賢治のほほえみー森を探しにー」という作品だということがわかった。主演はつみきみほ。よだかの星に賢治が込めた世界が、現代の都会の学習塾を舞台に出現する。ひととうまく関わることができず、恋人も友達もいない孤独な若い女教師と、ゲームセンターでゲットしたぬいぐるみを廃墟となったビルの屋上に配置して自分だけの居場所(アジールのような)を築く小学生の女の子が出会うお話。教師ははじめ気づかない。自分が何をしているのかを。少女に、先生は子どもをたくさん傷つけているんだよと突きつけられて初めて鏡の中の自分の像を覗き込む。そんなことじゃ合格できないよと脅しながらどれほど子どもたちを追い込んできたのかを。
廃ビルの屋上の片隅に引きこもった女の子に女教師が手をさしのべる場面は秀逸だ。自分の身につけたよろいを脱いで、恥も外聞もなく素のままで子どもと向きあおうとする。差し伸べた手にその女の子が恐る恐る小さな手を震えるようにのばす。暖かいね。体温が心に伝わる…。

このドラマのあらすじはもうほとんど忘れかけていた。ぞっとするほどの都会の孤独感とよだかの星が重なっていたことだけが茫漠と像をなさないまま私の記憶の底に深くしまいこまれていた。
でも再度見てよくわかった。39歳の私が何故、森と風のがっこうを創ろうとあの頃思ったのか。何故、お勉強の学校ではなく、遊びのがっこうを創ろうと思ったのか。偉人としての賢治ではなく同時代人としての賢治になぜ激しく揺さぶられたのか。
このドラマは4作シリーズで、セロ弾きのゴーシュ、風の又三郎、銀河鉄道の夜をそれぞれの回の主旋律として物語が展開される。どれも興味ふかい。涙なしには見られない。ぜひNHK各局のアーカイブで視聴してみて欲しい。なんと2時間無料だ。
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失うものなんかない。どんと行こう!

原発事故後の再稼働問題を見ていると、本当に自ら路線転換もできないこの国の巨象のような知恵の回ることない在り様を考えてしまう(そんなこと言ったら象さんに失礼か)。

失うものなんかないということの自在さ。何も持たないことの身の軽さ。ミニマリズム。白紙、空白こそが、若者の生きる特権だった時代がかってあった。
私は今もそれだけで生きている気がすると言ったら今時の若者にちょっと驚かれた。
家族が好き、家族を自分のことで悲しませたくはないんです、なんて真面目に言われると、嘘だろ!と思ってしまう。親は迷惑をかけられるのが務めってなもんじゃないのかとも。
親をふんずけてでも乗り越えて先へ、親の世代が見られなかった、親とは違った地平を開いてくれ、と私はけっこう本気で思っている。

今朝、スウェーデンに住む娘とスカイプで話していたら、お父さんは自分の好きなコトだけやって生きているという意味では日本中で一番幸せな55歳男子かもよ、と言われた。みんなふつうはストレス抱えて生きてるんだよーと。そうかそう見えるのか私は。でもね、金なら、ない!!のだけど(大川興業風に言えば)
大好きなことしかやらない、やっていないのはいつからだろうか。
「おんちゃんとえほんの森できょうも遊ぼう!」シリーズは確かに大好きだな。「えほんフェスティバル」もやりたかったものだし。もちろん、「森風子ども自由ラジオ放送局」は長年温めてきた企画だ。
「子育ての森づくり」は、13年前にドイツで見た、子どものための森林公園がずうっと私の記憶の中で忘れられずにあったことからとうとうここで始めちゃったものだ。東北版CAT(英国の自然エネルギーテーマパーク)に森風をグレードアップしようという計画も進んでいる。私には自分のお金も財産も、BMW(何でいつもたとえはこれなんだろう)もないけれど、空間と時間と仲間だけはある。というか、なければないでこじあければいいといつも思う。
でも、私のエネルギーなんて限られているものなのだから、かたちにできることはそんなに多くはないだろう。研修生、あとひとり今年度枠があるので、誰か、勇気を出してえいっと来てくれるとうれしい。ひょっこり来ないかと少しだけ期待したい。
東北は、いや岩手は、日本の北欧だ。辺境屋の真骨頂、いっしょにここで見せようという気概ある若者はいないか。
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20日~22日、こども環境学会に行きます

学会と言うと何か堅そうな感じがして、呼ばれない限りはほとんど行くこともない私が、今回は仙台で開催される学会に参加する(そういえば以前、環境教育学会の記念シンポに呼ばれたのも仙台だった)。私の出番は、22日の第9分科会。震災復興まちづくり「歴史や景観の継承をこどもたちの手で…」~土の人と風の人と、ゼロスタートで考えるこども参画のかたち~を、東北芸工大の志村先生とふたりで担当する。と言っても、私は研究者ではないのでほとんど志村先生におまかせなので、当日、みなさんと車座でライブをご一緒させていただくというだけなのだが。
以前にもブログでふれたが、この学会は活動しているひとやNPOの参加も多く、多様なひとのるつぼという気がする。実際、我が分科会以外でも、PETAの演劇ワークショップや子どもたちのバザール、東北各地のジュニアリーダーの子どもが集まって話し合いをしたり、子どもの参画する催しが満載なのである(学者でなくてもまったく参加OK。仙台市民は無料)。
大会全体の趣旨にも、
賢治のビジョンを「震災復興」・「こども環境」の手がかりに
と謳われている。
私は私なりに、岩手でこの十数年、森と風のがっこう、いわて子どもの森、そして石と賢治のミュージアムに込めてきた子どもと未来への思いを伝えてきたいと思う。
仙台近郊にお住まいの方々と会場でお目にかかれたらうれしいです。ぜひお声をかけてください。

学会ホームページ:http://www.children-env.org/活動案内/学会大会
仙台大会ブログ:http://sendaitaikai.p-kai.com/

以下、声にならないつぶやきです…。
森風カフェは、21日いよいよ今年度開店です!そんな大事な時に、全スタッフにまかせてひとり仙台行きとなってしまいました。ほんとうにゴメンナサイ。
でも、カフェはいい感じでオープンを待っています。昨日は、あの「夢見るピノキオ」(テレビ岩手)の取材を受けました。4月末にオンエアとなるので、乞うご期待。
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GWを前に

ムーミンパパも冬眠から覚めた頃。いま、ムーミンパパの若かりし頃のお話を読み始めたところだ。自分の人生を書き綴るっていうところ。読んでしまいたいけれど、今大忙しで…。

明日から今年も「おんちゃんとえほんの森で今日も遊ぼう!」が始まる。
どんな子どもたちやお父さん、お母さんと出会えるだろうか。この企画は、三年前に子どもの森を辞めて、森のハンモックにゆらゆら揺れていた時に突然思いついたものだ。
そうだ!京都へ行こう(昔のCM)、ではなくて、そうだ!森の中へ行こう。えほんを持って。静かな図書室でよむのもいいけど、川の水音や鳥のさえずりで何やらにぎやかな裏の森を舞台にしてもいいんじゃあない。そんな感じだ。
昨年は3.11のあとで、何もやる気になれない私をずーっと引っ張り続けてくれたのは「えほんの森」の子どもたちだと思う。本当に。
私に「物知りなミミズコウチョ―」という新しい呼び名をつけてくれた当時小2の女の子が描いたオリジナルえほん「花ちゃんとホタルの木」もついにカフェ森風に並んだ。この本も一年間私を励まし続けてくれた。こう書いていると、子どもたちの存在とここの自然が私を支えてくれたんだとあらためて思う。
森風子ども災害援助基金にカンパしてくれたひとには必ずプレゼントしたい(カフェ森風にコーナーを設けました)。

ちょっとどきどきしながら、私も真新しい気持ちで明日からえほんの森をスタートしよう。
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今年もえほんの森スタート

昨日は快晴、無風、しかもぽっかぽかの一日。今日もおんなじ。前日まで雨が降っていたのが、今年一番のいいお天気に恵まれた。子どもが主役で雨は降らないというジンクスはまたも守られたのでありました。おかげで私は鼻の頭が日焼けして真っ赤だ。
それにしてもよく遊んだものだ。一度に四方から子どもたちが同時に話しかけてくる。弾丸のように。それに応じるスピード感がもうたまらなく楽しい。現役で居られるのは、幸せってなもんだ。ちょっと姿を消そうものなら、おんちゃんはどこー?って声がかかる。
えほんを読んで、ぷるぷる花びらゼリーを作って、白樺の木から滴り落ちる樹液を飲んで、午後は校庭にシートを広げておんちゃんズセレクト100冊を広げた。おとなも子どももひと時ののんびりえほんタイム。
でも、子どもたちにはブランコでジェットコースターをやるのが大人気。うしろから私がガタンガタンガタン、と子どもが乗ったブランコを少しずつ高く引いていくのがたまらないらしい。そして一気に離すのだ。ぐわーんと子どものブランコは放物線を描いて動き出す。
子どもの頃、思い切りブランコを漕げば一回転宙返りが出来ると信じていた。本当にやってみたこともある。頂上付近で落下してグランドに思い切り肩を打ち付けた苦い思い出が甦る。(でもやってみなけりゃわからない、と思うのが子どもだ)
川はあいにく雪解け水で増水していて近づけなかったけれど、来月は森の中で遊び続けることができるだろう。その時こそは、森でお昼寝をみんなでしたいと思う。地面にひく敷物を各自持参して、うとうと眠ろうね。その時読むえほんも密かに私はもう決めている。

今日の森のげきじょうでは、私とこむさん(昨年の森風えほんフェスティバルにも出演)が交互に森の中でえほんを読む二本立て興行。こむさんの読むこびとずかん、最高でした。
ありがとう。えほんの森に初めて参加してくれた子どもたちも、これまで通って来てくれている子どもたちもありがとう。おんちゃんはみんなに会えて本当に楽しかったよ。
遠くから来てくれたお父さん、お母さん、ありがとう。
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ブドリとネリのために

私が岩手に移住を決めた頃、東京で見たアニメ映画に「グスコーブドリの伝記」がある。
そして家族で移住した東山町(一関市)で手掛けた仕事がグスコーブドリのまちづくり。当時掲げたキャッチフレーズは、「未来のブドリとネリたちのために」だ。

森と風のがっこうは、これからおとなになる子どもたちのための「がっこう」である。
裏の森の川を渡るゲートの手前に、男の子と女の子とうさぎさんのシルエットが浮かぶ鉄のオブジェがお目見えした。森風新スポットの誕生だ。作者はアーティストの小池雅久さん。
P1070846_1.jpg
ブドリとネリが開校11年目にやっと姿を現した。私の心の中で、深く深くしまいこんできた何かに、小池さんがカタチを与えてくれたのだ。これからこうやって、子育ての森の中にはひとつづつカタチが生まれていく。
ブドリのいのちは火山の爆発で消えても、次の時代の子どもたちにそのいのちが引き継がれていく。だからグスコーブドリの伝記は暗く悲しい自己犠牲の物語ではない。未来への希望と再生への明るさを秘めたものがたりとして読み直されるべきだ。3.11を経て、そう強く思う。

「わたしはきっとやります。そして私はその大循環の風になるのです」
                        宮澤賢治 グスコンブドリの伝記
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吉成信夫

Author:吉成信夫
ときどき日記です。

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