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森の絵本

昨年秋に出会って以来、読み続けているえほんがある。「森の絵本」。作者は長田弘さん。絵は荒井良二さん。偶然手に取ったら離せなくなった。
大事なものは何ですか?
たいせつなものは何ですか?
何も見えないし、何もかたちはないのに、森のどこか奥深くからか聴こえてくる声。

この間、こども環境学会で志村先生と分科会を受け持ったとき、私たちの間の合言葉は、ゼロスタートという言葉だった。震災後、私はゼロスタートできたのか。私にとってのゼロ地点とはどこを指すのか。
太平洋戦争の敗戦による焼け跡闇市を私はまるで知らないけれど、価値観も空間も教育も何もかもすっかりゼロに戻る虚無と解放感を私の父親世代は体験した。私の父はずっとその時の記憶を売れない小説に書き続けていた。それほどの衝撃だったのだろうということは私も感じていた。
私たちの今立つ位置はそれに匹敵するほどのものだと思うのだが、もやもやとした空気の漂う中でもゼロベースにならないのはなぜだろう。

「森の絵本」の中には、今、ここ森風でやろうとしていること、大切にしてきたこと、がすべて詰まっている。そうそう、これこれという感じだ。1999年に初版がすでに出ているのに、私は今、この時に出会った。震えるほどなつかしく、泣きたいくらいあたたかい、いいえほんだ。頁をめくるたびに私は旅をしているような気持になる(人生は旅のようなものだから)。光が満ちている。風が吹いてくる。そんな感じがする。
昨年12月の子どもウインタースクールでも子どもたちの前で読んだ。そうそう、これこれって思った。GW初日のえほんの森でも読むつもりでバッグの中に入れていたのだけれど時間がなくて読めなかった。カフェ森風の本棚にそっと置いておいたので、ぜひ手に取ってみてほしい。

今夜は講堂にまだ明かりが灯っている。明日からGW後半戦の催しとしてここで始まる、「本とおもちゃのバザー」、「昔懐かしいゲームコーナー」などの準備をスタッフやボランティアの若者たちがしてくれている。さて、どんな会場設営となるのか、私もひそかに楽しみにしている。
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GWは続く

昨日は一日雨。でもカフェに来訪される方もけっこういてありがたい。落ち着いた雰囲気の中で、それぞれにここでくつろいでいただいている感じがする。
岩手県ネイチャーゲーム協会の方々が来て全国大会(6月1日~3日岩手網張温泉)の打ち合わせ。初日の基調講演と対談、翌日のワークショップを依頼されている。森風でふだん行っているプログラムを、岩手山麓の森の中でやるつもりだ。宮澤賢治さんの童話をテキストにしてからだで表現することもやりたい。

エコキャビンにお泊りしているKファミリーは、娘さんが春のスクールに参加したので記憶に新しい。夕食を大きなテーブルでみんなでいただいていると、お母さんは8千メートル級のヒマラヤの山を登った方と聞き、えーっと全員感嘆。ご主人はプロ山岳ガイドで海外に行っている。えー。以前に小学校PTAの講演会で私を呼んでくれた方なのだが、ぜんぜん知らなかった。わからんもんだなあ。

カフェではバタークリームのかわいいカップケーキを焼いている。夢見るピノキオで映ったあのケーキ。これをほおばりながら、絵本片手に樹液珈琲をすするのもおすすめ。
今日は、バザーとともに、森風のデザインを手掛けていただいているサイトウユキコさんの屋台、細田さんの素敵な帽子屋さんの出店もある。今日はどんなグッズを持って来てくれるだろうか。

私は夕方から急きょ東京へ出かけることに。被災地の子どもたちの取り組みの発表会を見てくる。報告は後日に。
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被災地の子どもたちと話した!

5月5日子どもの日、第2回東北子どもまちづくりサミットに参加するため東京へ。こども環境学会で知り合ったセーブ・ザ・チルドレンのみなさんの主催。
お台場は親子連れで大賑わい。夏のような青空の中を会場へ向かう。
岩手県陸前高田市、山田町、宮城県石巻市からこどもまちづくりクラブの面々が活動を発表しにやって来る。今回どうしても自分の目で、子どもたちが考えたまちの未来図や模型を観たかった。それに何より、子どもたちといっしょに話したかったのだ。


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*石巻では子どもたちが企画した児童センター計画が進む


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*陸前高田では公園のモニュメント「あかりの木」が生まれる


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*山田・シンボルキャラクター「まつしい」がかわいい(まつたけ+しいたけ)

子どもたちが話し合って選んだテーマをもとにおとなも入って、ワールドカフェ風のグループに分かれて総勢300名での討議が始まった。私のグループは、陸前高田の中学生二人からのおとなへの疑問・質問を受けて私と国会議員(岩手選出!)の階さんの二人のおとながそれに応える形で進んだ。
私も必死に考えて言葉を探した。彼女たちの疑問は、「おとなはいつからをおとなと言うのか?」という根源的な問いかけだった。うおーっ、いきなりアクセル全開だぜーと内心思いつつ、よろいマップを描きながら解説した。おとなも社会的な自我を身にまとっているけど、心の中には傷つきやすい子ども(インナーチャイルド)を持っていることを話した。だからおびえず(子どもを脅すおとなもいるけれど)、同等で話せばいいんだ、つながることだってできるんだと伝えたかった。
彼女たちのまちづくりのアイデアの基にいわて子どもの森で遊んだ体験があったことを伝えてくれたことが私にはとてもとてもうれしかった。それを聞いただけでここに来た甲斐があるってなもんだ。彼女たちと今度は陸前高田での再会を約束して別れた。帰りの新幹線の時間が来てしまったからしかたないのだが、名残惜しそうに帰って行った。

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*おとなの図


それから今度は神奈川県と千葉県の子ども3人とまた話し込んだ。子どもたちは本当に話をおとなとしたいんだなということがよくわかった。おとなの不用意な言葉でいやな思いもいっぱいしてきたのだということも。私も子どもの頃のいたずらや失敗談を湯水のように話した。もう以前からずっと知っていたようなこの雰囲気は何なのだろう。子どもたち自身もみんな初めて会ったのに。大人も子どももない、あるのは気持ちの交感だけなのかとも思う。おとなとは常識や照れが邪魔をしてなかなかこうはいかない。

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*子どもたちと終了後の記念写真

子どもだけではない。セーブ・ザ・チルドレンのスタッフの方々と出会えたことが今回の最大の収穫だと思う。この一年、混乱と混沌の被災地にあって子どもの参画を進めてきた若いひとたちの献身的な努力と情熱には本当に敬意を表したい。それもただの体験活動ではない。子どもたちとともに社会を変えていくこと、それを具現化することの困難さと向き合い続けて来た組織としての意思には心から賛同する。
それからもうひとつ。スタッフのみなさんが私の本(ハコモノは変えられる)を本当によく読んでくれていたことが分ったこともうれしかった。何人にもそう言われた。
いろんな出会いがあった中身の濃い一日だった。

石巻の児童センター、これまで全国どこにもないような、子どもによる子どものためのものになってほしいなあ。この震災を乗り越えていく、新たな灯台のような光を東北から全国へ投げかけてほしい。そうでなければ不幸にしていのちを落とされた多くの方々が浮かばれない。


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アトミックカフェやります(5月12日)

今年のアトミックカフェ第1回は、鎌仲ひとみ監督の最新作映画「内部被ばくを生き抜く」を上映する。今一番大事なテーマなのだと思うのだが、向き合わないままで忘却していたいと思うひとも多いだろう。ちょっと一休みしたい、という感情も私自身ないわけではない。でも、同じような不安を抱える方々といっしょに支えあいながら、しつこく、考え続けることから離れたくないとも思うのだ(ひとりで思い悩むだけでは辛すぎる)。
鎌仲監督、小泉プロデューサーは、森風が開校したばかりの頃に一度ここに来校されている。小水力発電の映画ここで撮ろうかと言ってもらったが、当方のめどが立たず、実現できなかった。岩田カメラマンとも、昔、東京にいた頃に何度もお目にかかっている。

先ほど映画本編を見た。主張を声高に語るのではなく、四人の医師の発言とともに福島で今も暮らす子どもたちと親御さんの放射能と格闘する生活が淡々と描かれている。私はこの抑制された感じに好感を持つ。その場だけのテレビではこうはなかなかいかない。
カフェでお茶を飲みながら映画を観て、ゆったりとみなさんと言葉を交わせたらうれしい。
私も恥ずかしいくらい内部被ばくの知識を持っていない。あるのは漠然とした不安だけだ。
だから、気楽に参加してもらえたらと思う。当日、森風で泊まっていってももらえるようにしたい。
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めざせ、食とエネルギーの百姓化

昨日も東京で一日会議。深夜帰宅。海から山から、いろいろな地域から集まったNPOの人たちの活動を聞いた。NPOを評して、「健全な自転車操業」する組織体たれ!と言った方がいた。なるほど正しい。何よりも社会を変えようというからだごとの馬力が必要。でもただ体育会系のノリだけではだめだ。どっちを目指すのかという方向感覚が欠かせない。車の前輪と後輪がこれに当たるという。以前、私はヘッドライトとテールライトを探照灯にしながら暗闇を疾走する自動車にここ森と風のがっこうを例えたことがある。先は見えないし、突然道もアップダウンするし曲がりくねる時もある。ギアのシフトだって必要だ。動的なバランスする感覚は、組織をマネジメントする感覚とも似ている。
「これからのNPOは兼業が基本」というキーワードも出た。これも正しい気がする。私たちのような小さな山の中の集落で生業を得ているものにとって、都会と同じマーケットセグメントによる集中と効率を最大化する事業なんてできるはずもない。非営利なジャンルで生き延びていく営利感覚っていうのも実はけっこう頭も使う(解はないからお勉強とは異なる使い方だけど)。
私は11年前に森と風のがっこうの開校を決めたとき、心に決めたのは「百姓化」だ。本来、百姓とは、百の仕事ができるという意味なのだと聞いたことがある。本当のお百姓さんになるのは今からではとても無理なので、自然エネルギーと食と暮らしに関わる百のことができるお百姓さんをここから輩出するようなまなびの場をつくろうと思った。つまり、生活を通して、排水浄化や太陽光パネルや風力発電のことや、畑のこと、パーマカルチャーデザインのこと、絵本やアートや演劇のこと、森のこと、を少しづつでいいからトータルに関わりながら、ちょっとずつでもおすそ分けをいただきながら、生き延びられるだけの対価をいただけるような「百姓化」を目指したいと思った。
だから11年を経て、森風は今も健全な自転車操業真っ最中なわけなのだ。(うーん、やや自己弁護的かも)
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アトミックカフェ報告

今年初のアトミックカフェは、鎌仲ひとみ監督の最新作「内部被ばくを生き抜く」の上映。
カフェ森風の閉店後、薄暗くなった山間に、青森県の八戸、三沢から、遠野、盛岡から、地元葛巻から、ぽつぽつと参加者が集まってくる。子どもさんを連れたお母さんたちもやって来た。
映画は、4人の医師のコメントとともに静かに進む。私には原爆直後の医療活動に従事した肥田医師(90歳を越えていたと思う)の話が印象に残った。国は昔、私たちを守ってはくれなかった。だから(今回も)、徹底的に日々養生して、自分で守るしかないと。言葉は正確に記憶していないが大意はそのようなことだったと思う。
日々自分を新たにして、最善を尽くして自分の心とからだをいたわりながら生き続ける道を探すしかないのか。ご高齢の医師の、諦めとは違う、最後まで積極的に生き抜こうとするひとの覚悟のようなものが画面から伝わってきた。
遅かれ早かれ、生き抜く、サバイブしていく覚悟を決めていくしかないのだ。でなければハメルンの笛吹きとともに消え去るしかない。私たちはそういう今を生きている。

福島県内の幼稚園を経営する住職一家の日常も、生活に放射能汚染が不安となって日常すべてに及んでいるきりきりとした緊張感を描く。小さな子どもがお父さんと離れて疎開することで胃潰瘍になってしまったこと、だから夫婦は福島に残る苦渋の道を選んだこと。放射能の内部被ばくをさせないように注意深く食生活に気を配りながら。いやおうなくさせられた不条理な選択に今も悩んでいることが淡々と映し出される。
大事なことは現場で格闘しているひとの話を聴くことからしか始まらない。映画はそう語っている。

映画終了後、参加者の方々とテーブルを囲んでしばしの懇談。それぞれに情報を持ち寄る方がいて、貴重な情報交換の場ともなった。
このカフェは小さな集まりだけれど、今後も続けてみたいと思う。
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子どもだから、ではなく

久方ぶりの陸前高田訪問。5日に東京で出会った子どもたちと再会の約束を果たすために、セーブ・ザ・チルドレンの主催する子どもまちづくりクラブの現地報告会に顔を出すためだ。
一年経ち瓦礫撤去が進んだとはいえ、ただただ何も立っていない廃墟だけの広大な空き地を見ていると、街がまるごと消失してしまったことの空虚さを強く意識せざるを得ない。でも、住民の方々と話しているとその印象は変わった。
人々の暮らしは山側にまるごとセットバックしながらも、商店街も住宅もみんな山間にどっかりと根付き始めていたからだ。たくましく、しっかりとこの地で自立して生活していこうとするみなさんの気迫を感じた。

高田大隅つどいの丘商店街と道路の間に公園を手作りで作る計画が進んでいる。その中心に子どもたちがデザインした灯りのオブジェがお目見えする。その協議の場が今回の報告会なのだ。
この商店街の事務局長の太田さん(カフェフードバーわいわい店長)の挨拶が子どもたちに真剣に向き合うおとなの気合に溢れていてとてもよかったので以下にその大意を伝えたい(私のメモなので正確ではないかも)。
「子ども、おとなという区分で今回のプロジェクトに付き合うつもりはない。そういう場には違和感を持つ。自分のお店には17歳の子が働いている。でも、15を越えればおとなだと思っている(そういう気持ちで対している)。
この公園のモニュメントを設置する計画も、子どもとおとなという区分ではなくて、同じテーブルに着いて(同じ人間として対等に)言いたいことは言うし、子どもの意見を聴く。現実にするためにどうすればいいのかをいっしょに考えるし協力もする。子どもだからするのではではない」

こんな感じで、すっきりはっきりと子どもたちに真剣に向き合ったメッセージはとても的確だった。そうだよなあと私も心のなかでうなづきながら拍手した。そう、そうなのだ。子どもだからと手加減したりはしない。言いたいことは言う。お互いに理解しあうために。そういう正面からがっちり向き合う意思がおとな側になければ、子どもはすぐになめてかかるだろう。もしくは失望を隠さないだろう。子どもの参画は成立しない。
実際、世の中を冷静に見回してみれば、子どもに迎合しているだけのおとなの事情を押し付けたボランティア活動がこの世界にもなんと多いことかとも思う。もちろん今回のスタッフのみなさんたちは違うけれど。

会の終了後、少しだけ太田さんとお話しできた。6月初旬にグランドオープンする仮設店舗で構成された商店街には、カフェ、おやこの広場、洋品店などが揃う。彼はここを仮の場とはまったく考えていない。ずっとここに根を下ろしてやり続けていくという。ここはまったく自力で商店街を組織した場所なのだということもよく分かった。
太田さんのようなおとなのいる商店街では子どもたちもきっとたくさんのことをまなぶことができるだろうなあと思えてうれしかった。420キロの日帰りドライブも行った甲斐があった。
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吉成信夫

Author:吉成信夫
ときどき日記です。

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