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柏崎訪問

新潟県柏崎市にある二葉幼稚園を訪問。かわいい木製椅子と落ち着いた講堂の中で先生方演奏によるライアーの美しい音色を聴く。若い頃に単身ドイツに渡りシュタイナーを学び、広く学びを深めてこられた理事長さんの情熱と理想が、園内の空間あちこちに息づいた場所だ。クラスはすべて縦割りでそれぞれの教室も先生の個性があらわれている。夕方だったので残念ながら子どもたちとは会えなかった。

ここで8年間私が関わったいわて子どもの森の改革を事例に、組織マネジメントのあり方とスタッフのモチベーションの持ち方について具体的に話した。もともと昨秋、芸術担当の先生と森のようちえんの全国大会で偶然出会ったことがきっかけ。それが縁でここまで来られたことに感謝したい。

翌日は、今回の旅の目的である市内の私立幼稚園合同の研究会主催の研修会。テーマは「子どもとの距離感」。実際にからだを動かし、声を出して互いにコミュニケートする実習をやったら、みなさんさすが現場の方々で初めからすごいエネルギー爆発。各園の園長さんも先頭に立ってハッスル!(これって昭和時代用語?)だった。老いも若きも混じりあってみんなで楽しく気持ちを合わせる遊びは本当に何度やっても清々しい。
こんなに喜んでいただけるとは思わなかったなあ。どの方もみんな帰るころにはいい顔をしていた。それが最大の収穫。
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ネイチャーゲーム全国研究大会

会場となる網張温泉は雄大な岩手山麓の中腹にあるため、小岩井農場や盛岡市が一望のもとにある。初日の基調報告とパネルデスカッションの司会、翌日の野外ワークショップの講師を頼まれた。
岩手に来た頃、今から十六年も前のことなのだが、ネイチャーゲームの会報に「野生の人」という表題を付けて、野の師父、宮澤賢治さんのことを書いた記憶がある。どう考えても私にはそうとしか思えない、と。今回の演題は、「賢治と心の復興―子どもたちとともに―」とした。わらび座でセロ弾きのゴーシュの上演の後に劇場でお話しした時と同じだ。
大上段な話はできないけれど、身近な子どもたちのことなら私にも話すことができるかもしれないと思った。年が明けた頃から、やっと震災に遭遇した子どもたちとの交流を話せるようになった。

パネリストのひとりで九死に一生を得た臼澤さん(大槌町)は、今回の3,11災害で風景が元に戻った、自分が子供の頃に視た原風景に近いところまで還ったと語ったことが一番印象に残った。被災者のおひとりであるにもかかわらず、早い時期から地域の人々のために交流の場を作り出し、数カ所に増えた現在もその運営に当たっているという。お話をしていたら私が岩手に移住したばかりの頃にお目にかかっていたことがわかった。彼のエネルギーの源泉はどこから来ているのだろう。

福島県郡山市から来た梅津さんは、常時ポケットには2本のガイガーカウンターを忍ばせている。子どもを外遊びさせられない憤りを静かに語ってくれた。くりこま高原自然学校の塚原君は、宮城の地震の教訓を糧に今回は石巻を中心に迅速な支援に動けたことを伝えてくれた。

全国から集まったネイチャーゲームの指導者の方の中には、十数年前に出会っていた方が何人もいて懐かしい再会もあった。二日目のワークショップの模様は森風ブログに研修生がアップしてくれたのでそちらを見てほしい。
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まつろわぬ民

岩手医科大学で全学部の1年生に特別講義。宮澤賢治とよだかの星のこと、震災の起きた夜見た夢のこと、そして子どもたちのことを語る。しんとした空気感を感じたが、聞いていた学生たちはどうだったのだろう。それはさておき、今年3回目になるわらび座観劇について語りたい。

家族と秋田県田沢湖のわらび座に行き、「アテルイ」を観劇。10年近く前に初演をここの劇場で見たことがある。しかし今回は配役が一新されているようだ。まつろわぬ民、蝦夷の長アテルイと朝廷の戦いを描いた、歌あり踊りありの史劇。冒頭から舞台袖に設置された大太鼓ががんがんと鳴り響き、以前見た時よりはるかに緊張感ある舞台に仕上がっていた。役者の一体感がある。これだけの大作を毎日、本拠地で上演し続けるわらび座は底力のある劇団だとあらためて思う。劇団四季のロングラン公演のような集客の条件の整った中ではなく、秋田の山の中でローカルにやり続けているのは実は特筆に値するくらいすごい事だ。海外を巡業すれば大きな感動を巻き起こすだろう。私は劇を見ながらなぜか、ゲバラがボリビアの民から孤立して追い詰められて死んでいく場面を思い出していた。

日高見国、黒石…、劇中に登場する地名は、まぎれもなく私が岩手に来た当初住んでいた旧東山町を含んでいる。蝦夷軍と朝廷軍がぶつかったところだ。しかし今は碑文さえほとんどない。制圧された民族の歴史は正史には残らないからだ。

まつろわぬ民としての誇りは今もここ岩手の地に生きているといえるだろうか。そう考えると少し寂しくもある…。
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つながりぬくもりプロジェクト

宮城県南三陸町の海岸の裏手に津波を免れた民宿がある。ここに東京、宮城、岩手、山形など各地から「つながりぬくもりプロジェクト」構成団体のキーパーソンが集合して、近況報告とこれからのつながり方のことをみんなで意見交換をした。
3,11後に、草の根の力をつなぎあって迅速な活動を被災地で展開してきたプロジェクトのこの一年間の成果はHPにも掲載されているが、1冊の本にできるほどだ。住田町の仮設住宅に温水器を取り付けた事例だけでなく、まだ電気のこない、支援の乏しいコミュニティに入って太陽光パネルを取り付けて回ったクルーの方々には本当に敬意を表したい。
森風ではおなじみの自然エネルギー屋さんのタケちゃん(レクスタ)や現場で太陽光パネルや太陽熱温水器の設置に当たった(今も続行中)方々の地道な努力の賜物だと思う。
太陽光パネルの設置枚数は合計で実に1600枚に及ぶという。
NGO、NPO連合でこれだけの大量の設置が今回の被災地でできたのは、他に例がないはずだ。
私は二日目からの参加だったが、時間を私のために割いていただき、森と風のがっこうのこれまでの歩みと生活と自然エネルギーのことを参加者の前でじっくりと話すことができたことはありがたかった。
自然エネルギーへの被災地での導入は、巨大なビジネスチャンスとして機を伺う企業も多い。でも、私たちは営利企業とは異なる視点で、子どもたちへの教育や福祉やまちづくりと重ね合わせることが大切ではないか、とも話した。つながりとぬくもりというキーワードは、これまで森と風のがっこうでの子どもたちとの体験による私の実感と重なっている。生活実感を共有しながらの活動を東北でも広げたいと思うからだ。
その場で聞いていた地元の漁師さんが私の話に共感してくれたことがうれしかった。外部からまちづくりにどうアプローチできるか、学者ともコンサルとも異なる方法が必ずあるはず、と私は思う。
私は、自然エネルギーとまちづくりへの子どもの参画を考えたい。

今後もどんな形であるかはこれからだが、東北の仲間たちと自然エネルギーのネットワークを継承発展させていくことは全員で合意できた。秋には成果報告を含めてシンポジュームも開催する予定だ。

今回も前日、岩手大学の学生さんを対象に次世代育成サポーター実習とレクチャーを森と風のがっこうで一日実施してから夜に移動し、往復450キロの強行軍の旅だったが、私にとっても意味ある集会だった。
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森のこびと

今月(と言ってももうすぐデス!)の「おんちゃんとえほんの森できょうも遊ぼう」は、森のこびとがテーマです。と言っても、小学生に人気のあのこびとづかんとはちょっと違うんです。こびとづかんに出てくるこびとさんと森風スタッフのSくんは実は非常に似ています。にひっと笑ったとこなんか私にはうり二つに見えます。が、今回のこびとはそれとは違うからね。おっさんキャラは強烈だけどやっぱしどうも私には気持ち悪い。というか少々物悲しい。
それよりおんちゃんは、ノームとか、トロルとか、正統派の妖精たちの方がいいな。ゴブリンはちょっと…。
ノームの百科事典みたいな分厚い本をスウェーデンの本屋さんで発見した時は思わず買おうかと思ったくらい。倉本聡さんはニングルでしたね。もちろんアリエッティも大好きデス。

みんなでこびとを森の中で見つけたいなあ。見つかるといいなあ。
先月は遊びに夢中で出来なかったので、森の中でうとうとお昼寝もしちゃいたいなあ。  
スウェーデンでは、子どもは(野外で)風に当てて育てるのよ!って保育士さんが言ってたっけ。お外で乳幼児に本当にお昼寝させているんだそうな。
エゾゼミの大合唱がシャワーのように降り注ぐ森は、明るくて気持ちがいいよ。

明後日は何して遊ぼうか。これを考えるのが私の一番の楽しみであります。
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森のこびとが踊り出す?

6月のえほんの森は森のこびと探し。
これまでアタマの中にあった、こうやりたい!を連発してやってみることにした。
こびとの姿はないけれど、森の中にはあたかもこびとたちが暮らしているような気配や雰囲気が感じられるようなディテールをあらかじめ準備してみた。
たとえば、川の近くの土手には洗濯物干し台。それも対岸だからよく目を凝らしてみないとまずは見えない。木陰にはハンモック。そして、テイータイムを楽しく過ごした後のお皿とカップ。お皿の上にはビスケットの残骸のような食べかすまで残っている…。(こびとさん、何食べたのかなあと本当になめてみた子も)
極めつけは、木の根元に置かれた木製の扉だ。子どもたちが開けてみるとそこには胡桃や団栗がぎゅっと詰まっているのである。(そうか、貯蔵庫なんだねここはと納得する子も)
扉の前には飛び石が置かれていて、脇には枯葉の旗まで掲げられている凝り様。
こんな感じに、森の中に気配をちょっぴり感じられるような小さな何かを仕組んでおいた。
梶井基次郎の小説「檸檬」のように…。と言っても若いひとにはわからないか。

そんな森に、カーコール!(ビスケットちょうだいというスウェーデン語)とささやきながら、赤いとんがり帽子を被った子どもたちがおずおずと、でも目をキラキラさせながら入っていく様は何とも美しく、森のこびとの物語を観ているようだった。

ごはんを森の中で食べて、おさんぽをして、最後に、校庭にみんなで丸く輪になって座り、こびとさんへのお手紙を葉書に書いてもらうことにした。もちろん切手はお気に入りの花や草をそれぞれに貼り付けて。
ひとりひとりお父さんやお母さんの前で、自作の葉書を見せながら発表してもらった。その時の晴れ晴れとした子どもたちののびやかな表情を私は忘れないだろう。2歳だって3歳だって、年齢に関係なく伝えたい時は恥ずかしがらずにそうするんだなと思った。そんな子どもたちをお父さんもお母さんもみんないい顔をして暖かく見守っていた。
そう、これがえほんの森に毎回流れている雰囲気なんだ。だから私は辞められないでいる。心から楽しいし、この瞬間に幸せを感じる。
葉書は森の入り口に置いた小さなポストに入れた。ぎゅうぎゅうになったポストがまたかわいい(これは森風ブログの写真を見てほしい)。

6,7年前のこと。いわて子どもの森の野外にひみつの小道を作って、ツリーハウスを子どもたちと創った。その時ハウスの中にストーブを入れて窓の下に小さな小さなドアを取り付けた。ネズミさん専用のドアだ。ものがたりはここから始まったのだが、そういえば昔からそんなこと考えていたなあ(今もあるはずだ)。
でも、私はもっともっと先へ想像を進めてみたい。「森のこびとさん」の物語を、見えないものを観ることのできる子どもたちといっしょに。
そんなわけで、今回はえほんの森開催三年目にしてまたまたこれからの森との親しみ方をぐーんと広げるヒント満載のプログラムとなった。次回の来月7月21日(土)22日(日)は1泊2日の親子お泊り型のえほんの森になるので、乞うご期待。

おとなバージョンはないか?って、いやいやあるんです。7月7日(土)に「北欧NIGHT2」というテント泊で食事も作って、こっそりおとなだけで、ムーミン一家みたいにみんなで一夜を楽しむ催しやりますよ。
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普代小の子どもたち

野田村のお隣りの普代村に行ってきた。普代小の小学生とPTAの方々の講演を頼まれたからである。廊下ですれ違ったH先生と目が合った。挨拶をしながらえーっと互いに声を上げた。吉成さんと会えると思って楽しみにしてました、と明るい声。子どもの森にボランティアで何度も熱心に来ていた女子が先生になっていたのだ。なんだかうれしくなった気分で会場の体育館へ。
体育館に小4~6年まで教室から椅子持参で子どもたちが並んでいる。その後ろにPTA、先生方の席。でも子どもたちの数の方がたくさん。ここで初めて子どもたち主体の講演会にしなければいけないことに気づいた。しまった、大人向けの内容を語る準備しかしていなかった。子どもたちが90分間、ずっとおとなの講演してももつわけないよなと思い、急きょ予定を全面変更。「じゃあ、ちょっとみんなで後ろでゲームしようか」と言うと子どもたちからうわーっと歓声が上がる。

それから子どももおとなも混じっての大アイスブレークゲーム大会で一汗かいた。教育長さんも教育委員長さんもにこにこしながらお付き合いいただいた。
それから席に戻って講演開始。子どもたちの表情がすでにいきいきしている。「おとなにも子どものみんなにも聞くけど、一番居心地のいい場所はどこ?」という私の問いに、あちこちからはいはいと手が上がって屈託のない笑みを浮かべながらみんなよく語る様に私も驚いた。「物置でジュースとお菓子食べるんだ。だってお母さんに見つからないからね」「森に秘密基地を作っているよ「トイレが落ち着く」」など、大きな会場なのに臆せず語る子どもたち。珍答もあって私もマイク片手に子どもたちとの会話を楽しんだ。「子どもの頃、押し入れに入って好きなマンガ読んだんだよ」と男の先生は昔子どもだった時のままに話してくれた。こうなるともう、よくありがちな式典の固い雰囲気はなくて、体育館が子どももおとなもいっしょに居るといういい雰囲気だ。
それから森と風のがっこうのサマースクールの様子を映像で見せながら話を続けた。子どもたちはよく笑い、楽しそうに最後まで私の話を聴いてくれたのでほっとする。

講演終了後、子どもたちが質問があるとやってきた。子どもたちも列に並んでサインをさせてもらった。中には、学習ノートの裏に書いてと言う子も。ほんとはだめなんだけどなあーと言いながら、やさしい声で接していた先生の雰囲気にこの学校の感じがよく表れていた。そうか、やっぱり先生方や校長さんの日頃の対応がこの雰囲気を生み出しているのだろうと思った。
子どもの森にも多くの子どもたちが来てくれていて、うんち帽を被ってトイレのベンチを記念写真で撮ったのあるんだよと教えてくれる女の子も。そうそう、あれはね考えたのおんちゃんなんだよと私。森風のサマースクール行きたいなあと興奮する子たちも。こんな会話が子どもたちとの間でたくさんはずんだ。
子どもたちがこんなに喜んでくれるとは予想していなかったので、私はうれしい気持ちで帰路を急いだ。普代の子どもたちとこんどはいっしょに遊んでみたいなあ。
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吉成信夫

Author:吉成信夫
ときどき日記です。

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