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野田村の図書館

花山青少年自然の家にて自然体験指導者研修のため10年ぶりに宮城県栗原市へ。与えられたテーマは、体験学習法の指導。参加者の多くは体育系の十代の専門学校生。そして大学生。あらかじめ考えていた始まりのセオリーはすべてかっとばして、まずはからだで感じる、自分の言葉で集団を意識するところからに変更。なんかみんな限界って顔しているよね。じゃあ外に出てからだをうごかしてみようかと誘ってみたら歓声が上がった。
最近そんなことが多い。講演でもワークショップでも研修でも、そんな感じだ。参加されるみなさんとの出会いの感じを大事にしていると、どうにも講義から入れる気がしない。どんな思いで参加して来たのか。いま、参加者は何を感じているのか、にしか私が興味がないのかもしれない。知識やノウハウをうやうやしくあらじかじめ存在しているかのごとく受け渡すことなんか無理だ。そうじゃなく、私はこの場で何かと出会い、気づきたいと思うだけだと思う。体験という言葉の深度は、その時だけのそれぞれの中にしかない。

昨日、野田村へ。昨年に続いてこの夏休みに企画している村の子どもたちの招待スクールの企画を役場の担当の方と詰めるためだ。そして9月に森と風のがっこうで開催する「森のえほんフェスティバル」(仮題)に村のえほんサークルの方々に出演を依頼するためだった。被災地でえほんを通して子どもと関わる幾つものサークルと交流する機会を創りたいと思って、昨年から始めた事業である。打ち合わせの後、新たに開館した生涯学習センターのメイン施設である新装なった図書館を見学。津波で以前使っていた図書館が水に浸かってしまったため、担当課やボランティアのみなさんの尽力で開館した図書館だ。中に入るとまだオープンしたばかりの什器の匂い。一般向け図書コーナーの奥に児童書の部屋が作られていた。しばし、えほんサークルの方々と雑談。本格的な運用や催しはまだこれからという。
子どもたちやお母さんたちのために、新たな風をここから村中へと起こしてほしい。本当にそう思う。一歩ずつ、少しづつ、ゆっくりと癒えるように、だ。

この日はなぜかひとと出会ってばかり。10年ぶりとか、5年ぶりとか。でもそんなに時が経った気もしない。同行してくれたチャオちゃんやアッツミー(東京からたまたま来ていた15歳の少年。森風子ども自由ラジオのメンバー)もなんでおんちゃんはそうなの?と驚くばかりのヒット率。
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ゆらいでいるところでブレない

演出家故竹内敏晴さんの最後の語りおろし自伝、「レッスンする人」(藤原書店)を読んだ。2年前に出ていたのにまったく気づかなかった。このブログにも何度か書いたが、私は若い頃、竹内演劇研究所8期生、研修課生としてまなんだ(当時はかなりちゃらんぽらんで遊んだ?という方が近いか)ことがある。
巻頭にはモノクロ写真が4ページ。稽古風景の中に自分の姿があることに気づいた。誰にもわからないだろう。でも私は自分だからわかる。稽古場の張りつめた空気感が甦る。
竹内さんの自伝は未完成のまま閉じられてしまった。著作全集も準備する間もなく。
でもそれでいいのかもしれない。現場で動くこと、思考することを何よりも大切にしていた人だからだ。彼の大切にしたことは、その場に流れているもの、関係性の中にしか姿をあらわさないという気がする。だから弟子もノウハウも残さなかった。

それにしても巻末にある愛娘竹内唯さん(新国立劇場バレエ団バレリーナ)の追悼文がいい。私は号泣した。よけいなものは何もないけれど、そぎ落とした美しさと悲しさが際立つ。
インタビュアーの今野さん(私の一級前の7期生にいた方だ)が、竹内さんを評して、「いつもゼロからはじまる。で、いつもゆらいでいる。そのゆらいでいるところでブレないというか、そういう印象が強い」と述べている。最大の賛辞だと思う。

ゼロ。そしてゆらいでいるところでブレないっていい表現だなあと思う。クソ正直なくらいに自由だ。首相官邸前がデモで揺れている。国が揺らいでいる(揺らぎたくない人たちはふつーのひとに何ができるかとたかをくくってるだろう)。いじめで教育委員会がゆらいでいる。もっと揺れてほしい。もっとぶれてほしい。あわてだすくらいに。混沌の中にしか創造は生まれないのだから。
私も今週末は大学の集中講義で東京にいる。金曜の夜にはデモに参加できるかのしれない。
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国会議事堂前

IMG_1231.jpg

大学の集中講義を終えて昨夜遅く、東京から森風に戻ってきた。涼しい。ひんやりするくらい。
首相官邸前の金曜日デモに参加した。警備が厳重すぎて、かつ歩道がうなぎの寝床状態で狭くて分断されており、どれだけの人が参加しているのか分からないまま。国会議事堂は見えており、再稼働反対の参加者の声があちらにも届いていることだけは確かだ。労組動員色も感じないし、旗も見えない。若者も多い。デモというより集まることの意思を現わすことに意義を感じているひとが群れとなっている感じ。
代々木公園ではなく、この場所で毎週やり続けるというアイデアは案外いい。この国のヘソのような場所でなければと思う。聖地巡礼みたいに、とにかく毎週行っちゃおうぐらいのノリでもいいから集まることに意味がある気がする。
子どもの頃、父から60年安保の時に国会前デモに夫婦で参加した話を聞いたことがある。どちらもノンポリのフツーの教師だったけれど、この時だけはいかなけりゃ後悔する!と国会前に出かけたそうだ。時代が変わるかもしれないと感じたのはあの時だけだったなあという父親の述懐も聞いた。
それほどの悲壮感は今はない。でも、3,11以降のここまで何も変えられないフリーズドライな状況は、戦後初めてかもしれない。これほど政治と行政のシステムがフツーのひとの日常生活感情と乖離してしまったことはないだろう。

東北でも自然エネルギーへのシフトを加速するためのつながりを呼びかけ始めるときなのかもしれない。楽しみながら、ユーモアと批評精神と明るい自由さを持ちながら、などと考えながら帰宅。
昨日から森風ではワークショップ形式でえほん図書館の本棚づくりがわいわい始まっていて、チェーンソーの音や木の枝を磨くグラインダーの音が森から響いている。なんかほっとする風景だ。
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豊かさとは何か。

ずっとずっと長い間、社会的に深まることもなく、それって個人のテイストでしょですまされて来た問いかけがある。豊かさとは何かという問いだ。お金や地位やモノではない何かを掴みたいという願い。
私は16年前に岩手に家族でやって来た。宮澤賢治さんの農民芸術概論綱要を抱えて…。

昨日の朝日新聞に平田オリザ氏が被災地の復興に創造型教育が必要と、農民芸術概論綱要を引用して提言していた。総論は賛成。言いたいことは分からないではないけど外から国とだぶりながら言われても響かないなあ。かつて首相の脇で文章を書いていたひとに言われても終世、野の人だった賢治さんは泣くだろう。問題は、ではどうやるか、どこからやるかだ。

私は、森の中にこびとの存在を想像してみたり、自然エネルギーを選択したりすることや、子どもたちと遊ぶ中に、生きる歓びを憶える。
ただそれだけだ。
今週末は、えほんの森初めてのお泊り会がある。小さな子どもたちとお父さんお母さんたちと二日間、何して遊ぼうか。森の映画げきじょうでしょ、それに森の影絵上演でしょ、それからお菓子も作るし、森の宝石箱には大切なものをしまおう。どんどんやりたいことが充満して来て毎月これでもかという感じにてんこ盛りになってしまうのが悩みだ。
まだ申し込んでない方、明日まで受け付けるのでどうぞ。
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東京には長くいられない

共同通信社地域再生ネットのシンポで東京へ。全国から強烈な個性の多士済々の仲間が年一回集まる。今回のパネリストでもある佐藤裕之氏は昔、会社の同僚だった。秋田にUターン後家業を継いだことは知っていたが、NPO、ソーシャルビジネス分野で東北でこれほど大活躍中とは知らなかった。私の不勉強さを恥じなければなるまい。私の上司だった社長も富山にUターンして森林整備のNPOで活躍している。儲からないソーシャルな分野にそれぞれ同時期に入ったのも不思議な気がする。

翌日は千葉大の木下先生、小澤会長はじめ、子ども環境学会のみなさんと仙台の学会以来の再会。ユニセフハウスで、ドイツから招へいしたハルトムート・ベーデキント博士のお話を聞いた。
彼がベルリンで実践している「学びの工房」は文句なく楽しい気配に満ちている。廃校になりかけた普通の公立小学校を再生した話をもっと聞きたかった。日本の閉塞した環境を打ち壊すには、これまでのパラダイムを変えることが必要だ。今求められているのは、どう変えるか。それしかない。
私は校庭にブタが放し飼いされている一枚の写真に釘づけにされた。350種の生き物とともにある小学校だそうだ。講演会の終了後、森と風のがっこうのことをお話ししたら、すごく興味を持っていただいた。ドイツと日本なのに建築物もどこか似ている!
交流会でも楽しくお話をさせていただいた。思わず来年行かせてください!と頼んだら快くOKしてもらった。木下先生、ありがとう。これはもう行ってみるしかない。

この忙しい夏に突然予定が変更になったおかげで、東京滞在を延ばすことができハルトムートさんにも出会うことができた。幸運な夏休みをもらった気がする。しかし、東京は信じられないほどの猛暑。いわて沼宮内駅に着いたら、クーラーの中に居るような涼しさだ。

さあ、今日からはサマースクール入門編が始まる。どんな子どもたちに出会えるんだろう。
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うれしい便り

最近フェイスブックを始めたのだが、思わぬ方からの便りが舞い込んだ。敬愛する岩崎駿介さんからだ。森と風がっこうの活動を激励していただいたのだ。なんと私の活動を見守ってくれていたらしい。
彼との関係はもう20年昔に遡る。ブラジル・リオサミットが初めて開催される年の前年のこと。そういえば今年はリオプラス20だ。彼は環境問題に関わる日本中のNGO、市民団体を猛獣使いのようにしっかりとたばねて、政府と対論、対話を張っていた方である。まだNPOという言葉もない時代のこと。ブラジル市民連絡会は、その後「市民フォーラム2001」という大きなつながりを横断的に志向する団体結成へと進んだ。私も片隅でだが、彼の薫陶を受けながら、市民恊働の組織化プロセスをともにした時代が在る。

その後私は家族と岩手に移住したのだが、一度出張で渋谷の駅前を歩いていた時、選挙カーの上から演説をしていた岩崎さんと再び遭遇した。まだ、東山町で公共事業のやり直し(石と賢治のミュージアム)に必死で取り組んでいた頃のことだ。それから10数年、岩崎さんの消息は風のうわさに聞くだけだった。(そうではなく岩手に移住した私が姿を消した方なのだが…)

彼の便りの中には、ミミズを起点とした循環図が描かれていた。その内容に私ははっとした。ミミズは直接の友達ではないけれど、生態系としてつながっており、
「ミミズは「物理的循環」を通して知り合った「社会的循環」の友なので ある。このようにして、たとえ「見知らぬもの」に対しても思いを馳せ、「必然の友」として生きていくことが大切なのだ。」(引用:岩崎駿介)
と言う。なるほど。そうだ。見知らぬものに対しても思いを馳せることが何より大事だと思う。

私が今大好きでよく読む絵本は、「ミミズのおっさん」(長新太)。森風から生まれた絵本(花ちゃんとホタルの木)に登場しているのは、物知りなミミズコーチョー。どうもミミズと森にフォーカスされている。
そこに岩崎さんのミミズの図解が登場した。物理的な循環と社会的な循環が交差する場所が森と風のがっこうなのではないか。そう言えるところまでがんばろうと思う。まだまだ道の途上だけれど。

今日はサマースクール入門編の3日目。森の中から子どもたちの歓声がときおり聞こえてくる。今夜は森でパーティ。太陽光パネルはせっせと電気を作り続けてくれている。
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