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すべての起点はここから

新年が始まった。どんなことが起こるんだろうか。道がないならつくっちゃえ…などと年末から考えているのだけれど。
以下は、森と風の便りの新年号の巻頭言に書いたもの。会員の方々にはすでに読んだという方もいるだろうけど、再度採録しておきたい。
私はここから今年は始めます!ここから離れないでやるつもりです。
☆☆☆☆

    子どもたちとともに。すべての起点はここから

広大な森が活動場所として使えるようになり、森のアトリエも完成して、どうぶつオブジェも今春には敷地内各所にお目見えする。太陽光パネルも大増設のおかげで、電気も自給可能になった。この数年の変わり様には私でさえ驚いている。ペースがだんだん早くなってるかも?。
でも、だからこそ、変えてはいけないことをしっかり見極めたい。
遊びの中にまなびがあり、まなびの中に遊びがある。すべての活動の起点はここにこそある。だからここから離れない。
13年目も何も変わることなく、子どもといっしょにやること、創りだすこと、そのプロセスも含めて、森風らしいインプット、アウトプットに愚直にこだわりながらやって行こう。
子どもたちの身体の内に宿る豊かでやわらかく傷つきやすい何かを、これからも信じて行こう。これからの社会を変えて行く子どもたちが育つことを私は信じている。



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子どもキャンプ、2日目

こどもたち21名とおとなスタッフ7名のキャンプ二日目。ただいま、子どもたちは自分のランタン制作中。
午前中は、私といっしょにいっぱい劇あそびをしてから、自分だけのあの木に会いにぽらんの森へ。しばし、沈黙の中でひとりひとりたたずんでみた。木には色もかたちも匂いもある。そう言ったら、おんちゃん、フルーツみたいな匂いがするよという女の子も。
がっこうに戻って、みんなそれぞれに「木の精霊」を絵に描いてみる。いいね。悪玉もいれば、善玉もいるね。お昼時間を過ぎてもみなすごい集中力で「影絵」づくりは終わらない。みんなで見せ合いながら精霊紹介をしていたら、なんと兄弟姉妹がいることがわかって楽しい。シラカバ妖精が三人いたのだ。ちなみに私がこしらえたのは、ちょっぴりおばかな「シラバカ」でした。
あとで森の中の私の木の近くに置いて、キャンドルを灯す。今夜のランタンフェスティバルが楽しみだ。
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昨夜はランタンフェス

昨夜は森風ランタンフェスティバルだった。
昼間子どもたちがめいめいこしらえた「木の精」の影絵を小さな布を張ってこしらえたランタンに飾って、森の中へ。
シルエットは、午後のやわらかな光の中でも浮かび上がる。影絵が映り込んだこの瞬間の子どもたちのうわあっという歓声がたまらない。
そして、夜。木の精たちが森の中のあちこちに散らばって、ふるえるように光っている。川べりにできた氷をそっと割れないようにはぎ取るのが面白くて、私と子どもたちはほとんど熱中。薄い氷面に乗るとミシミシと音を立てて足場が壊れて行くスリルがたまらないらしい。その輝きの美しさ、あたたかく漂うユーモアはこの世のものとは思われないほどだ。星がこぼれるようなスノードロップみたいに広がっている。子どもたちと雪の絨毯に寝転びながらしばし星に見とれた。わたしの幸福な時間。

今朝はも朝から子どもたちと瞬間げきじょう(私が出したへんてこなお題を即興で身体表現する遊び)の新作を次々とやって遊んだ。おんちゃん、俺考えたんだけどーと新しいお題を提案する子も。即採用!して、またまたお題が増えていく。午前中は、森風巨大すごろくをみんなで作って遊ぶ。
食欲ももりもり、よく寝て、よく遊ぶ。三日目となるともうどの子もみんな屈託のない笑顔に溢れている。さあ、このまま午後まで突っ走ろう!
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手紙

今日は、昨年4月から毎月1回開催してきた町内の子どもたちが集まる「子どもオープンデー」の本年度最終回だった。地区の子ども新年会とぶつかってしまい、どうしてもこれない子も。役場の方が彼女の書いた手紙を預かって来てくれた。

長い長いお手紙に、6年生最後の回に来れなかった残念さだけでなく、この一年の振り返りがしっかりと綴られていてびっくり。
そうか、もう春から中学生だからなあ。生徒としてではなく、今度はボランティアとして来たいのか。
私が何よりもうれしかったのは、森と風のがっこうが校歌の伝説の広場の歌にもあるように、理想の「森風」になっていく姿を見て来れたことがうれしかったと綴られていた。そうか、理想の森風ってイメージが彼女の中であったんだなあ。

理想って言葉をなかなかうまく伝えられない私には、そう感じてくれていた子どもの言葉に本気でありがとうと伝えたい。私も彼女宛に手紙を出そう。
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こどもはっちさんを迎えて

こどもはっち(青森県八戸市)のスタッフのみなさんと高校生を迎えて、一昨日から2泊3日の自然体験ボランティア合宿を、ここ森風でやった。私は昨秋に八戸に出向いて研修ワークショップをやっていたので皆面識がある。お風呂を薪で焚いてもらったり、犬の散歩をやってもらったり、生活をともにした。毎回作るごはんも美味しかった。
今日は最終日だったので、おんちゃんスペシャル企画で「おしごと、将来を考える」をテーマに、森風の研修生3名も加わり、こどもはっちのみなさんと合同でワークショップを行った。
私が自分の数十年にわたる学校遍歴、おしごと遍歴の中で得たものを初めに語らせてもらい、その後は、今、自分がちょっぴり好きなことやものベスト10をそれぞれに即興で拾い出してもらった。これがみな傑作ぞろいで、それぞれの感覚が満ちあふれていて楽しかった。
なりたいものなんてすぐみつかるわけがないこと(一生かかるもの)。でもちょっぴり好きなことやものを見つけて自覚しておくと実は役に立つということとか、普段、中高生に話して来たことを話した。
おそらく二日間、ここでいっしょにからだを動かした体験のある後だから、これだけほぐれて、みんな自分の感覚が出て来たのだろうなあと何となく思った。高校生の真剣な射るような眼差しが忘れられない。ものすごくよく聴いてくれた気がする。

今度は私たちがこどもはっちに行くからねーと約束して別れた。外は雪。遠く去りゆくバスを見送る私たち。バスの中から手を振るはっちのみなさん。なんか名残惜しい。また会いたいと思う。
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みんなで大きな家族に(研修生募集に際して)。


 今年は森と風のがっこうのあり方を大きく変える年になる。12年前にがっこうを開校した時に掲げた設立趣旨は以下の通りだ。
「…かつて地域の結節点であった廃校に、都会を含めた新たな人々と地域の子どもたちがともに、積極的に関わることのできる仕組みを生み出して行くこと自体が、<エコマネー>、<自然エネルギー>、<コミュニティビジネス>、人間が元気を取り戻すこれれからの地域実験の可能性を内包していると私たちは考えます。
 どうしたら地球を守ろうという価値観を私たちは本当に持てるのか。楽しみながら生活を変えられるのか。私たちの生活に必要な科学とは何か。そこには宮澤賢治の童話“グスコーブドリの伝記”に登場するクーポ博士のがっこうのような、やわらかな想像力とユーモアが必要です。
子どもも大人も、地域の人々も都会の人々も、目で見て、これからのエコロジカルな暮らしを生き生きと感じる<新たな広場>をつくり出し、ゆるやかなネットワークを日本中に創り出したいと思います。」
 楽しみながら生活を変えて行く<新たな広場>を創り出すことを掲げて、森と風のがっこうは生まれた。そのとき掲げた基本的な方向性はずっと変わっていない。

 今年は、その具体化に向けて、私は「半農半Xで起業する、森風コレクティブハウスづくり」の、実験を開始する。
 農的な生活を基軸にして、自然エネルギーを使いこなす、ミニマムサイズな暮らし方を思えばずっと考えて来た。でもどこかでまだ躊躇するものがあった。若い人たちと思いを同じくして協同していく「みんなが大きな家族」になるような道をひらきたいと決めた。
 私たちの根底を揺るがす大震災被害、原発事故が起きてもなお国も政治も道を変えられないのならば、お金だけではない暮らし方を「道がないならつくっちゃおう!」の精神で実践したい。ここにはお金はないけれど、畑も、パン釜も、ニワトリさんも、美味しい水も、川も(イワナ釣りだってできる)、森だってある。小さな集落に住まう人々も。
 底抜けビンボー暮らしだっていいじゃないか。幸せは見えないけれど私たちのすぐ近くにあるのだ。

 それぞれの構成員となる住人が、森の中で協同して新たな暮らし方を創り出す「コレクティブハウス」であることに、大きな社会的意義を感じるのである。暮らし方とは、森と共存し、畑を耕し、たくさんの生命を感じながら、次の世代に継続して行くための実践のことだ。
 かつて宮澤賢治が羅須地人協会をひらき、農民芸術概論綱要に記したように、地に根ざし、汗水たらしてともに働き、生きて行く歓びを感じることの出来る、小さいけれど新たな生業を若者たちとともに創り出したいと私は願う。それには、かつてのお百姓さんの暮らしがそうであったように、長く寒い冬を幾つものしごとを兼業しながらしたたかに生き抜いて行く知恵が必要だ。「半農半X」(半分は農業をして、半分は自分の得意なことでなりわいにする。Xは未知数の意)で表現すれば、森と風のがっこうなりの「半農半電」(自然エネルギー)、「半農半ベーカリー」、「半農半IT」など、やる気のある若者がいればすぐに実践可能だ。起業は無理だけどちょっぴりなら試したことがある、なんてひとがいればいいなあと思う。なりわいにしてやろうという思いが何よりも大事だ。
 そういうワケで森と風のがっこうは、新たな一歩を踏み出すことにしたい。気持ちや理想は大きく、でもやることは実にさもない生活のひとコマひとコマを丁寧に気持ちを込めてこつこついくだけだ。そんなトライアルをいっしょに踏み出してくれる若者を募りたい。
 私のもとにもらったばかりの小6の女の子の手紙があるので引用する。毎月ここでやっている遊びの会に来ていた子が本年度最後の会に出られなかったのだ。
「…こんな風に、皆のアイデアで森風でハロウィンをやったり、そして森風のいろんな所にある詩の看板もできたり、少しづつ“伝説の広場”の校歌の詩のように理想の“森風”に近づいていく姿を見るのが楽しかったです。これからも“森風”を“森風”にしていってください。このような、ステキな思い出が森風でたくさん生まれました。…この思い出はわたしの一生の思い出です。いい思い出が森風でたくさん生まれたことは森風の生徒として誇りだと思います。
中学生になったらスタッフとしてまた遊びに行きます。」
 理想の森風は、子どもたちの心の中にも生まれていた。言葉にしなくても彼女は彼女なりに感じていたのだと思う。


もし、年間通しての研修に興味ある方、将来的に定住しながらいっしょに進めようという思いのある方は、電話かメールでご連絡ください。
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児童虐待防止シンポ

あのオレンジリボン運動を推進している児童虐待防止全国ネットワーク主催のシンポ(東京)にパネリストのひとりとして参加した。虐待防止は要保護児童に対する緊急的な取り組みをイメージすることがほとんどなので、専門性や技術の必要な領域である。
今回のシンポは、要保護児童・親への対応をされている方だけでなく、虐待の早期発見、重度化の予防という観点からも事例を含めた報告をということで、私は県立児童館いわて子どもの森時代の取り組みの実際や活動の全体フレームのことを中心に、日々の実感も含めてお話しした。
基調講演をされた西郷先生(大正大学)は、以前からお目にかかりたいと思っていた方。「健全育成と虐待防止のクレバスを埋める」という演題は私的にはドンピシャ、ストライクだ。私自身もずっとそう思いながら、岩手県内に地域支援のつながりを各地に創り出そうと情報交換会や交流大会や児童館全国大会を7年間先頭に立って岩手の現場のみなさんといっしょにやった。テキストも毎年制作した。だから、全体を包括的に広く見ながら、みんなで、それぞれの立場をつなぎながらの課題解決を提唱される先生の考え方には強く共感する。
さらに付け足せば、健全育成領域もまた、児童福祉と社会教育の間に深いクレバスがあるのだが…。
同じパネリストのせたがや子育てネットの松田さん、ホームスタートかずの谷田さんと対論する時間がなかったことだけが残念。
虐待防止からその予防という観点へと広げて考える主催者の方々の認識は素晴らしいと思った。おそらく児童館も保育所も、まだまだその認識は弱いままだろうという気がする。一番厳しいところで日々、親や子どもたちと対応している人々だからこそ、このようなテーマで開催したことはもっと多くの方々に知られていい。
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吉成信夫

Author:吉成信夫
ときどき日記です。

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