スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

続・グスコーブドリの伝記を越えて

 昨夜、NHKで「サラリーマン宮澤賢治」の最後の2年半の歩みを番組化したものを見た。全国放送だったので見た方もいると思う。
 宮澤賢治の最後の仕事をした舞台は、岩手県東山町(現一関市)にある旧東北砕石工場である。サラリーマンという表現の仕方は少し違うような気もするが、この時代に「グスコーブドリの伝記」が生まれたこと、そして「雨ニモ負ケズ」が書かれたことは本当だ。東北砕石工場の修復を含め、石と賢治のミュージアムの企画構想段から深く関わったものとしては、いろんな意味で感慨深く見せてもらった。倒れても倒れてもなお起き上がって仕事を続けた賢治さんの生き様は壮絶としか言いようがない。サラリーマンという言葉では括りきれないものだと私は思う。
 考えてみれば、東山町に移住したばかりの私が賢治さんの最後の仕事の足跡を辿り、展示品を集めたり、全国から参加者を募ってグスコーブドリの大学校を開催できたことは本当に不思議な縁だったと思う。賢治さんのミュージアム建設を巡っての公共事業の抜本的修正は、町を揺るがすほどの大きな事件があったこともNHKの制作陣は何も知らないまま番組を作ったのだろう。私はその渦中に確かに居た。私自身と家族の生き方を根底から覆すほどの大きな波にも翻弄されたけれど、奇跡的に最後までミュージアムの仕事をやり遂げることができた。そのことの意味を今も問い返している。(賢治さんの弟清六さんとお話しできたことが、実は森と風のがっこうにつながっているなんて、誰も思いもしないだろうなあ)
 未来は変えることが出来る。ここ森と風のがっこうは、賢治さんの描いたグスコーブドリの伝記を越えていくために開いたがっこうだと私はそう信じている。


※以下は「グスコーブドリの伝記を越えて」と題して会報の巻頭言に書いた文ですが、再録しておきます。

 一番好きな賢治さんの童話は?と聞かれれば、まよわず、グスコーブドリの伝記と応えるだろう。
  「私はきっとそれをやります。そして大循環の風になるのです」

 温暖化防止の全国大会に出ることが決まったとき、子どもたちが演じてくれたショートストーリーの冒頭でも、この台詞を用いた。「循環」と「共生」という、いまもっとも社会に必要なキーワードがこれほど的確に表現されている物語はほかにないとさえ思えるのだ。
 鉄腕アトムの最終回の人類を救うために太陽に爆弾とともに突入していく場面とどこかシンクロさせて、自己犠牲的な感じが辛い童話と長らく思いこんでいた。でも違うのだ。14年前に岩手に移住してそれがわかった。
 次の世代のブドリやネリたちのいのちへと循環し、深くつながっていくからだ。

 世情は、あまりに一面ではおそろしく短絡的だ。他人と異なったことを言ったら最後、ヒステリックに罵倒されそうな抑圧的な力を潜在的にため込んでいる感じがしている。子どもたちはそれを鋭く感じ取っているのではないか。
 でも、それだからこそ、子どもたちとともに歩みたいと思う。子どもたちには希望がある。これからの世界を拓いていく可能性があると、私は確信している。子どもESDスクールでいっしょに生活していてそう実感している。

 森と風のがっこうは今11年目に入ろうとしている。
新しい明日はやってくるのだ。楽しみながら、この葛巻の地に根ざしながらの航海を続けよう。

何か、ちょっと力が入って珍しく長文になりました。最後まで読んでくれた方、ありがとう。
関連記事
スポンサーサイト

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

吉成信夫

Author:吉成信夫
ときどき日記です。

リンク
森風 Web Site
    森風ブログ
      最近のコメント
      最近のトラックバック
      月別アーカイブ
      カテゴリー
      FC2カウンター
      RSSフィード
      ブログ内検索
      QRコード
      QRコード
      上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。