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夏の終わり

昨朝、このの夏の間中ずっと入れ替わり、ボランティアの学生たちが出入りした。研修で、ゼミで、自分で探して、様々な経路で若者たちがこの山の中にたどり着いてくれた。その最後の一人を見送ったところだ。
がっこうの前の栗の木は、まだ青い栗のいがいがの実を道路に落としはじめた。近所の徳重さんが取れたてのまつたけをかご一杯にして持ってきてくれたので、松茸のお吸い物と茶碗蒸しにしていただいた。もう、上外川は秋なのだ。

日曜日の岩手日報いわての風欄に、「森とつながる暮らしへ」というタイトルで原稿を書いた。自然観を取り戻そうという副題を新聞社が付けてくれた。前回と同様、写真に写った私の顔は、あの「おんちゃんとえほんの森で今日も遊ぼう」の時のものなので、巻きひげををペイントで描いたダリ風の面相である。
震災から6ヶ月という節目の日に(それに知事、県議の選挙投票日)、100年先、200年先の未来へ発想を飛ばしてみようとあえて書いた。
この夏のほとんどの時間を、私は子どもたちと森で過ごした。宮沢賢治の童話「狼森と笊森、盗森」のあの有名な場面。「ここへ畑起こしてもいいかあ」「いいぞお」森はいっせいにこたえました…。この夏、この台詞を何度子どもたちと森の中で叫んだことだろうか。
そこであったことを淡々と書いただけなのだが。おずおずと森に入り、少しだけ畑を開墾させていただくという感覚を持っていたはずなのに。こうした自然観を失ったことが、日本人を横暴に、利己的にしてはいまいか。こうした慢心が原発事故につながったのではないか、とも。
もう秋に入ったというのに子どもたちの張りのある声が、まだ森の中に漂っている気がする。

そうそう、100%エネルギー自給のエコハウス(エコキャビン)の建物の前に看板が立ったのをご存じだろうか。2年前の夏に国士舘大学の研修で来た女の子が作ってくれたものだ。やっと、お目見えさせることができた。その名も「くるみハウス」。
なんでくるみなのかって?それは、実は、「来るべき未来」という意味をこの建物は秘めているからだ。私は勝手にそう思っている。これは私の言葉ではなくて、ミスターチルドレンの桜井さんが言っていたことの受け売りだけど。
なんか素敵なので、心の中ではそう思っている。
来るべき未来に向けて、私は目の前にあるものから目をそらさないで生きたい。
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