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夜の群読会

台風のせいで昨夜は風雨強かるべしという感じ。でもよく寝ていたのでわからなかった。
4日前から森風で宿泊研修をしているむつみ高校(長野)と彩星学舎(埼玉)の中高生の生徒さんたちと先生たちが今日帰るので、昨夜、彼らの宮沢賢治詩の群読を聴かせてもらった。
昼間の稽古に私も参加させてもらい、久しぶりにお腹から声を振り絞るという経験をさせてもらった。どっどどどどうど どどうどどどう。初めは連呼する彼らによたよたと付いて行くのが精一杯。もうどきどきものだ。よし、いくぞとえぐるように打つべし!打つべし!と明日のジョーの気分で声を振り絞った瞬間、私の左前歯が前方に勢いよく飛んでいった。放物線を描いて。前歯も飛ぶような力と言えばかっこいいのだが、実際はぼろっと落ちたのだ。隣の先生が、わたし見てました、と目撃談。にかっと笑った私はほとんど歯抜けの漫才師だったらしい。(明日、講演があるのに!と急いで歯医者へ)

夜の群読会は、台風の影響で舞台装置も迫力満点だった。外では闇の中で本当にかぜはごうごう鳴っている。雨粒が屋根を叩く。小林先生の台本には、唯一、地震のことにふれたと言われている宮沢賢治の「宗教風の恋」をベースに、平家物語、チェルノブイリ事故後の言葉、そして生徒さんたちの震災体験が散りばめられている。
絶叫するように、それぞれに全身から声を振り絞って前へ、前へ、一点に注ぎ込む。本当に言葉をえぐり込むように、だ。感情を味わうのではなく、ただただえぐり込む。宮城の災害地を巡って、ここまで旅をしてきた彼らのリアルな心情とともに十代の若者たちの真剣さが波のように押し寄せて、聴いている私たちを揺さぶるいい群読会だった。

それから、群読を受けて、私も話をすることにした。ここでやっと生身の彼らと出会えた感じだ。私も話したいと思った。震災のこと、何もなかったかのように忘れ去られて行こうとされているフクシマのこと、わたしたちのこれからのことを。今を生きていることの切実さと、賢治の切実さがどこかで共振しているかのような不思議な時間。
私が思い出したのは、よだかの星。
決して過去のモノではなく、今、この時、どこかでいじめられている子どもの苦悩や悲嘆や叫びにも似た何かを、私は感じた。賢治は古くない。そこから森と風のがっこうは始まったことを思い出した。

また会えたらいいね。今度は森の中で群読をしてほしい。
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