スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

被災地訪問、再び。

秋になってようやくまた被災地を回る時間が確保できるようになって来たので、報告をふたつ。ひとつは、山田町のわかき保育園に行ってきたことだ。
先月開催した「森風えほんフェスティバル」にボランティアスタッフとして参加してくれたあやこちゃからえほん寄贈先の情報を貰い、ふたりで現地に行ってきた。船越地区は、中心街から先に入った半島の一角。途中、鯨と海の科学館脇にうずたかく積み上げられた瓦礫の巨大な山を横目にして、さらに進む。
半島の入り口がボトルネックのように細くなっているため、両側から津波が来て震災直後は半島そのものが孤立したらしい。田の浜地区は山際の民家と商家を除いてほとんど壊滅。わかき保育園も全焼。ここからさらに奥へ。人家もない丘の上の旧保養所(タブの木荘)が目的地のわかき保育園。
園長先生が待っていてくれた。お寺(瑞然寺さん)のご厚意でこの場所を借りられるまでのひと月あまり、園を再開できるかどうか大変なご苦労されたお話や今必要なことについてお話をした。
大広間をふたつに区切って周囲を囲んでクラスを作った中で子どもたちはお昼寝の真っ最中。先生方が明るく、懸命に子どもたちの保育場を守っている姿が印象的だった。私に出来ることはささやかなことしかできないが、えほんの本棚を次回、えほんといっしょに持ってくることにする。本棚は森風子ども災害援助基金で対応することに。もちろんえほんもその時子どもたちの間でよみきかせをさせてもらうことになった。
11月の訪問日が楽しみだ。

そしてもうひとつ。訪問させてもらったのは宮古市田老地区。沿岸北部では被害の大きかったことは聞いてはいたが、グリーンピア三陸みやこの敷地内に巨大な仮設住宅群が広がっている。今回訪問したのは、森と風のがっこうの私のワークショップに昨年ずっと親子参加してくれたKさんたちに再会するためだ。
4百戸、千人を越える方々が暮らすコミュニティの規模の大きさにまず驚かされた。子どもたちが集会所の脇で遊んでいた。

子どもたちはどこでも遊ぶ。公園や児童館がなくたって、うるさいとおとなにたとえ言われたって平気なはずだ。でも、のびのびと心ゆくまで自由に遊べる場所やそれを保障するおとなの存在は必要。ここ田老にも。
旧知の子どもたちとも久しぶりの再会。この子どもたちを森と風のがっこうに招待する企画を進めたいと思う。といってもまだ私の願望に過ぎないのだが。
みんなで倒れるまで遊ぼう! これは最近私がよく子どもたちに言うキャッチフレーズみたいな口ぐせだ。野田村の子たちと同様に、他の沿岸の子どもたちとも森風で遊び回りたいと思う。

訪問した山田と田老で実際様々に考えさせられたことがあった。
緊急物資の支援から先へと支援はどう変わるのか。ニーズは現場でなければつかめない。一方的な支援ではなく、いっしょに同じ地平に立って先の見えない中でも先を考えていくひとや団体やつながりが必要なのだと痛感した。
専門性やネットワークを持ちながらも、仕組みづくりやマネジメントをともに考えていける人材が、圧倒的に不足している。同じ県内に暮らしていることの強みは、何度でも継続的な関係をつなぐことができることだ。

しかし、国、県、行政への不信、何もやってくれなかったことへの深い諦めのようなものをいつも強く感じるのは何故なのだろう。
民から民へ。今から、ここからつながなければならないことが想像できないほどたくさんあるような気がする。冬が近い。
関連記事
スポンサーサイト

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

吉成信夫

Author:吉成信夫
ときどき日記です。

リンク
森風 Web Site
    森風ブログ
      最近のコメント
      最近のトラックバック
      月別アーカイブ
      カテゴリー
      FC2カウンター
      RSSフィード
      ブログ内検索
      QRコード
      QRコード
      上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。