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エコビレッジ?

エコビレッジというとどうも70年代のヒッピーたちの文化をイメージしてしまう。ヨーロッパにはその後も連綿と時代をつないできた由緒正しいエコビレッジがたくさんある。エコビレッジ旅歩きのディレクトリーまであるから驚きだ。同質の価値観を共有するコンミューンと言えばよいのだろうか。
でも、日本ではちょっとそれとは異なる感じがする。もっと地域とともにある道を模索する感じ。どうも3.11後のここ日本では何かが深いところで変わりつつあるのかもしれない。
先日、NHKで夜の番組では、埼玉県小川町などエネルギーと食の自給地域圏づくりを正面から見据えていた。エコビレッジとはひと言も言っていないけれど、上からの改革とはまるで異なる、地を這うような地味な広がり方が確かな気がする。
欧米のような文化的な背景とは異なるエコビレッジづくりが日本でも始まっている。お呼びがかかって、私が先日事例報告をしに行ってきたのは長野県小諸市。ここでは、全国ネットを持つNGOと公共施設(東京都港区)と企業と地元が手を組んでエコビレッジづくりを進めているところが新鮮だ。多様な考え方を持つ人々が、いっしょに対話をしながら新しい器を創造しようとしている。
これが1箇所目。
もうひとつのエコビレッジづくりが始まるのは、神奈川県小田原市。教育委員会と地元の方々とNPOがやはり手を組んで、廃港跡の校舎を使って夢を描いている。先日、視察団が森風に来て宿泊。葛巻町を周遊して見てもらい、ゆっくりお話をさせていただいた。12月には私が小田原に行って講演をする予定になっている。ここが2箇所目。
そして森風を含めれば、3箇所の公共施設が新たなエコビレッジとしてリンクするかもしれない。生活をベースに、地元に根を張りながら協働で、エネルギーと食の自給圏を志向するという意味でのエコビレッジと言えばよいか。
いずれにせと、地域の生活と文化というか土の記憶というか潜在的な基盤に共感・共振しながらあらたな価値を共創するものにならなければ絵に描いた餅になってしまう。

カタカナ英語で言おうとするとなかなか難しい。新しき村と言うと大正時代にまで遡ってしまう。マスコミに消費されない、何か良い語り方を考えなければと思う。
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